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源氏物語(四十一)幻

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読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567599

 

1

まほろ

 

2

春のひかりを見給につけても。いとゞくれまどひ

たるやうにのみ御心ひとつはかなしさのあらた

まるべくもあらぬに。と(外)にはれい(例)のやうに人々

まいり給などすれど。御心ちなやましきさま

にもてなし給て。みすのうちにのみおはします。

兵部卿の宮わたり給へるにぞ。たゞ打とけたるかた

にてたいめんし給はんとて。御せうそこきこえ

給ふ

 (源氏)わがやどは花もてはやす人なしなにゝか春

のたづねきつらん。宮うちなみだぐみ給て

 (兵部卿)香をとめてきるつかひなくおほかたの花の

 

 

3

たよりといひなすべきこそ梅のしたにあゆみ

出給へるさまのいとなつかしきにぞ。これより

ほかにみはやすべき人なくやとみえ給へる。花は

ほのかにひらけさしつゝ。おかしきほどの匂ひなr.

御あそびもなくれいにかはりたる事おほかり。

女房なども年ごろへ(経)にけるは。すみぞめの色こ

まやかにてき(着)つゝ。かなしさもあらためがたく。思

さますべきよ(世)なく恋聞ゆるに。た(絶)えて御かた/\゛

にもわたり給はず。まぎれなくみたてまつるを

なぐさめにてなれつかうまつる。年ごろまめや

かにも心とゞめてなどはあらざりしかど。時々

 

は見はなたぬやうにおぼしたりつる人々も。

なか/\かゝるさびしき御ひとりねに成ては。いと

おほぞうにもてなし給て。よるの御とのいなどに

もこれかれとあまたをおましのあたりひきさ

けつゝさふらはせ給ふ。つれ/\゛なるまゝにいにしへ

の物語などし給ふおり/\もあり。なごりなき

御ひじり(聖)心のふかくなりゆくにつけても。さし

もありはつまじかりけることにつけつゝ。中ごろ

ものうらめしうおぼしたるけしきのとき/\゛

みえ給しなどをおぼし出るに。などてたはふ

れにても又まめやかに心ぐるしき事につけて

 

 

4

も。さやうなる心をみえ奉りけん。なに事にも

らう/\しうおはせし御心ばへなりしかば。ひとの

ふかき心もいとようみしり給ながら。えむじはて

給ふことはなかりしかど。ひとわたりづゝは。いかな

らんとすらんとおぼしたりしに。すこしにても心

をみだり給けんことのいとおしうおぼえ給ふさま。

むねよりもあまる心ちし給ふ。そのおりの事の

心をもしり。いまもちかうつかうまつる人々は

ほの/\゛聞え出るもあり。入道の宮のわたりはじめ

給へりし程。そのおりはしも色にはさらいいだし

給はざりしかど。ことにふれつゝあぢきな(情けない)のわざ

 

やと思給へりしけしきのあはれなりしなるに

も。ゆきふりたりし暁に。たちやすらひて我身

もひえいるやうにおもほえて。空のけしきはげし

かりしに。いとなつかしうたいらかなるものから。袖

のいたうな(泣)きぬらし給へりけるを。ひきかくして

せめてまぎらはし給へりしほどのよういなどを

夜もすがら。ゆめにても又はいかならん世にかとお

ぼしつゞけらる。あけぼのにしも。ざうし(曹司)におるゝ

女房なるべし。いみじうもつもりにける雪かなと

いふ声をきゝつけ給へる。たゞそのおりの心ちす

るに。御かたはらのさびしきもいふかなくかなし。

 

 

5

 (源氏)うきよ(憂き世)には雪きえなんと思つゝ思ひのほかに

猶ぞほとふるれい(例:「寂しさ」)のまぎらはしには。御てうづめ

しておこなひ給。うづみたる火おこし出て。御火お

けまいらす。中納言の君。中将の君などはおまへ

ちかくて御物語聞ゆ。ひとりねつねよりもさびし

かりつる夜のさまかな。かくてもいとよく思すまし

つべかりける世を。はかなくもかゝづらひけるかなと

うちあんがめ給ふ。我さへうしすてゝは此人々のい

とゞなげきわびん事のあはれにいとおしかるべき

などみわたし給ふ。忍やかにうちおこなひつゝ経

などよみ給へる御こえを。よろしうおもはん事

 

にてだになみだとまるまじきを。まして袖の

しがらみせきあへぬまであはれに明暮見奉る

人々のこゝちつきせず思聞ゆ。このよにつけては

あかず思ふべき事おさ/\あるまじうたかき身

にはむまれながら。又人よりもことにくちおしき

契りにもありけるかなと思ふ事たえず。世の

はかなくうきをしらすべく仏などのをきて給へ

る身なるべし。それをしいてしらぬがほにながら

ぐれば。かく今はの夕ちかきすえに。いみじきことのと

ぢめをみつるに。すくせのほどもみづからの心のきは

も。のこりなく見はてゝ心やすきに。今なん露

 

 

6

のほだしなくなりにたるを。これかれかくてありし

よりけに。めならす人々の今はとてゆきわかれん

程こそ。いまひときはの心みだれぬべけれ。いとはか

なしかし。わろかりける心のほどかなとて御め(目)を

しのごひ。かくし給にまぎれず。やがてこぼるゝ御

なみだをみたてまつる人々。ましてせきとめん

かたなし。さてうち捨られたてまつりなんが。う

れはしさを。をの/\うちいでまほしけれども。さも

えきこえずむせかへりてやみぬ。かくのみなげき

あかし給へる。明ぼのながめくらし給へるゆふくれな

どの。しめやかなるおり/\は。かのをしなべてには

 

おぼしたらざりし人々を。おまへちかくてかやう

の御物語などをし給。中将の君とてさふらふは。

まだちいさくよりみ給ひなれにしを。いとしのび

つゝみ給ひすぐさずやありけん。いとかたはらいた

きことに思て。なれも聞えざりけるを。かくうせ

給て後は。そのかたにはあらず。人よりことにらうた

き物に心とゞめおぼしたりしものをとおぼし出

るにつけて。かの御かたみ(形見)のすぢをぞあはれと

おぼしたる。心ばせかたち(容貌)などもめやすくて。うな

ひ松(髫髪松:形見)におぼえたるけはひ。たゞならましよりは

らう/\しとおもほす。 うとき人にはさらにみえ

 

 

7

給はず。かんだちめなどにも。むつまじき又御はら

からの宮たちなど常に参り給へれど。たいめんし

給ふ事おさ/\なし。人にむかはん程ばかりさかし

く思しづめん心おさめんとお思ふとも。月ほろにほけ(呆け)に

たらん身のありさま。かたくなしきひがことまじ

りて。すえの世の人に。もてなやまれんのちの名

さへうたてあるべし。思ほれてなん人にもみえざ

なる。といはれんもおなじことなれど。猶をとに

きゝて思やることのかたわなるよりも。見ぐるしき

ことのめにみるは。こよなくきはまさりてをこな

りとおぼせば。大将の君などにだに。みずへだて

 

てぞたいめんし給ける。かく心がはりし給つる

やうに人のいひつたふべきころほひを。思ひの

どもてこそはとねんじすぐし給つゝ。うき世を

もえそむきやり給はず。御かた/\にまれにもう

ちほのめき給ふにつけては。まづいとせきがたき涙

の雨のみふりまされば。いとわりなくていづかた

にもおぼつかなきさまにてすぐし給ふ。きさい

の宮は内にまいらせ給て。三の宮をぞさう/\゛しき

御なくさめにはおはしまさせ給ける。はゝのたまひ

しかばとて。たいのおまへのこうばい。とりわきて

うしろみありき給を。いと哀と見たてまつり

 

 

8

給ふ。二月になれば花の木どものさかりになるも。

まだしきもこずえおかしう霞わたれるに。かの

御かたみの紅梅にうぐひすの花やかになきいで

たれば。たちいでゝ御覧ず

 (源氏)うへてみし花のあるじもなきやどにしらずがほ

にもき(来)いる蛍とうそぶきてありかせ給ふ。春

ふかく成ゆくまゝに。おまへのありさまいにしへにかは

らぬをめで給ふかたにはあらねど。しつ心なくなにご

とにつけても。むねいたうおぼさるれば。大かた此よの

ほかのやうに鳥のねもきこえざらん玉のすえゆか

しうのみ。いとゞ成まさり給ふ。山吹などの心ちよ

 

げにさきみだれたるも。うちつけに露けくのみ見

なされ給ふ。外の花はひとへちりて。やへ(八重)さく花

さくらさかりすぎて。かば桜はひらけ。藤はをくれ

て色づきなどこそはすめるを。其をそ(遅)くと(疾)き花の

心をよくわ(分)きて。色々をつくしかへをき給し

かば。時をわすれず匂ひみちたるに。わか宮。まろ

がさくらはさきにけり。いかでひさしくちらさじ。

き(木)のめぐりに丁(帳)をたてゝ。かたびらをあげずは風も

え吹よらじと。かしこう思ひえたりと思ての

給ふかほの。いとうつくしきにも。うちえまれた

まひぬ。おほふばかりの袖もと(求)めけん人よりは。いと

 

 

9

かしこうおぼしより給へりかしなど。このみやばか

りをぞ。もてあそびにみたてまつり給ふ。君に

なれ聞えん事も。のこりずくなしや。命といふ物

いまじばしかゝづらふべくとも。たいめんはえあらじ

かしとて。れいの涙ぐみ給へれば。いと物しとおぼして

はゝのの給し事をまが/\しうの給ふとて。ふし

めになりて御ぞのそでをひきまさぐりなどしつゝ

まぎらはしおはす。すみのまのかうらんにをし

かゝりて。おまへの庭をもみすのうちをも見わた

してながめ給ふ。女房などもかの御かたみの色かへ

ぬもあり。れいのいろあひなるもあやなどはなや

 

かにあらず。みづからの御なをしもいろはよの常

なれど。ことさらにやつしてむもん(無紋)を奉れり。御し

つらひなども。いとをろそかにことそぎてさびし

く心ぼそげにしめやかなれば

 (源氏)今はとてあらじやはてんなき人の心とゞめし

春のかきね(垣根)を人やりならずかなしうおぼさる。いと

つれ/\゛なれば。入道の宮の御かたにわたり給に。わか宮

も人にいだかれておはしまして。こなたのわか君と

はしりあそび。花を(惜)しみ給ふ心ばへどもふかゝ

らず。いといはけなし。宮は仏のおまへにて経を

ぞよみ給ひける。なにばかりふかうおぼしとれる

 

 

10

御道心にもあらざりしかど。この世にうらめしく

御心みだるゝこともおはせず。のどやかなるまゝに

まぎれなくおこなひ給て。ひとつかたに思はな

れ給へるも。いとうらやまし。かくあさ(浅)へ給へる女

の御心ざしにだに。をくれぬる事と口おしうお

ぼさる。あかの花の夕ばへしていとおもしろく見

ゆれば。春に心よせたりし人もなくて。花の色も

すさまじうのみなさるゝを。仏の御かざりに

てこそみるべかりけれとの給て。たいのまへの山吹

こそ猶よにみえぬ花のさまなれ。ふさのおほき

さなどよ。しなたかくなどはをきてざりけるはな(花)

 

にやあらん。はなやかににぎはしきかたはおも

しろきものになんありける。うへ(植)し人なき

春ともしらずがほにて。つねよりも匂ひかさねたる

こそ哀に侍れとの給ふ。御いらへには。谷には春も。と

なに心なく聞え給ふを。ことしもこそあれ心う

くもとおぼさるゝにつけては。その事のさらでも

ありなんかしと思ふに。たがふふしなくてもやみ

にしかなと。いはけなかりしほどよろの御ありさ

まを。いでなにごとぞやありしとおぼし出るに

まづ園おり。かのおりかど/\しうらう/\しう

匂ひおほかりし心ざまもてなしことのはのみ思

 

 

11

つゞけられ給に。れいのなみだのもろさは。ふと。こ

ぼれ出ぬるもいとくるし。夕暮の霞たど/\しう

おかしきほどなれば。やがて明石の御かたにわたり

給へり。久しうさしものぞき給はぬに。おぼえなき

おりなれば。うちおどろかるれど。さまようけはひ

心にくゝもてつけて猶こそ人にはまさりたれと

見給ふにつけては。又かうさまにはあらでこそ。ゆへよ

しをもてなし給へりしかと。おぼしくらべらるゝ

に。面影に恋しうかなしさのみまされば。いかにし

てなぐさむべき心ぞとくらべぐるし。こなたにては

のどやかにむかし物語などし給ふ。人をあはれ

 

と心とゞめんはいとわろかるべき事と。いにしへより

思ひえて。すべていかなるかたにも此よに。しう(執)

とまるべきことなくと心づかひをせしに。大かたの

世につけて。みのいたづらにはふれぬべかりしころ

ほひなど。とさまかうさまに思めぐらしに。いのち

をもみづからすてつべく。野山のすえにはふ(放)らか

さむに(野山の果に放浪しても)。ことなるさはりあるまじうなん思なり

しを。すえの世にいまはのかぎりのほど近きみ(身)に

てしも。あるまじきほだしおほ(多)うかゝづらひて。

今まですぐしけるが心よはうもどかしき事か

なと。さしてひとつすぢのかなしさにのみはの給

 

 

12

はねど。おぼしたるさまのことはりに心ぐるし

きを。いとおしう見たてまつりて。大かたの人めに

何ばかりおしげなき人だに。心のうちのほだし

をのづからおほう侍るを。ましていかでかは心

やすくもおぼしすてん。さやうにあさへたる(浅はかな)事は

かへりてかる/\しき。もどかしさなどもたち出

て。なか/\なることなど侍なるを。おほしたつ程

にぶ(鈍)きやうに侍らんや。ついにす(澄)みはてさせた

まふかた。ふかう侍らんと思やられ侍りてこそ。い

にしへのためしなどを聞侍につけても。心にお

どろかれ。思ふよりたがふふしありて世をいとふ

 

ついでになるとか。それは猶わろ(悪)き事とぞ猶し

ばしおぼしのどめさせ給て。宮たちなどもお

となびさせ給て。まことにうごきなかるべき御あり

さまにみたてまつりなさせ給はむまでは。みだれ

なく侍らんこそ心やすくも。うれしき。いとめ

やすし。 さまで(そこまで)思のどめん心ふかきこそ。あさきに

をとりぬべけれなどの給ひて。むかしより者を

思ふ事などかたり出給ふ中に。こきさい(故后)の宮の

かくれ給へりし春なん。花の色を見てもまこと

に心あらばとおぼえし。それは大かたの世につけ

 

 

13

て。おかしかりし御ありさまをおさなくより見

たてまつりしみて。さるとぢめのかなしさも人

よりことにおぼえしなり。みづからとりわく

心さしにしも物のあはれはよらぬわざなり。年

へぬる人にをくれて。心おさめんかたなく忘れが

たきも。たゞかゝるなかのかなしさのみにはあらず。

おさなき程よりおふしたてし有さま。もと共に

老ぬる末のよにうちすてられて。我身も人の

身も思つゞけらるゝかなしさのたへがたきになん。

すべてものゝあはれも故ある事もおかしきす

ぢもひろう思めぐらす。かた/\そふことのあ

 

さからずなるになんありけるなど。夜更るまで

むかし今の御物語に。かくてもあかしつべき夜を

とおぼしながらかへり給を。女も物あはれにおぼ

ゆべし。わか御心にもあやしくも成にけるかなと

おぼししらる。さても又れいの御おこなひに夜な

かに成ては。ひるのおましにいとかりそめにふし

給ふ。つとめて御ふみたてまつり給

 (源氏)なく/\もかへりにしかなかりの世はいづこもつ

いのとこよならぬによべの御ありさまはうらめし

げなりしかど。いとかくあらぬさまにおほしほれ

たる御けしきの心ぐるしさに。身のうへは。さし

 

 

14

をかれて涙ぐまれ給

 (明石上)雁がいしなはしろ(苗代)水のたえしよりうつ

りし花のかげをだにみずふりがたうよしある

かきざまにも。なまめざましき物(紫の上はこの人を目障りな者)におぼしたりし

を。末の世にはかたみに心ばせを見しるどち(気心の分かった者同士)にて。

うしろやすきかたにはうちたのむべく思かはし

給ながら。又さりとてひたふるにはたうちと

けず。ゆへありてもてなし給へりし心をきて

を。人はさしもみしらざりきかしなどおぼしいづ。

せめてさう/\゛しきときは。かやうにたゞ大かた

にうちほのめき給ふおり/\もあり。むかしの

ありさまにてはなごりなくなりにたるべし。

夏の御かたより御衣がへの御さうぞくたてま

つり給とて

 (花散里)夏ごろもた(裁)ちかへてげるけふ(今日)ばかりふる(古)き思ひ

もすゝみやはせぬ 御かへし

 (源)はごろものうすきにかはるけふよりはうつせ

みのよぞいとゞかなしき まつりの日いとつれ/\゛

にて。けふは者みるとて人々心ちよげならんかし

とて。みやしろのありさまなどおぼしやる。女房

などいかにさう/\゛しからん。さとに忍て出て見

よかしなどの給ふ。中将の君のひんがしおもてに

 

 

15

うたゝねしたるをあゆみおはして見給へば。いと

さゝやかにおかしきさましておきあがりたり。

つらつき花やかに匂ひたるかほもてかくして。すこ

しふくみたるかみのかゝりなど。いとおかしげなり。

くれない(紅)のき(黄)ばみたるけそ(気添)ひたるはかま。火ざう(萱草)

色のひとへ。いとこ(濃)きにびいろ(鈍色)にくろ(黒)きなど。うるは

しからずかさなりて。も(裳)。からきぬ(唐衣)もぬ(脱)ぎすべし

たりけるを。とかくひきかけなどするに。あふひ(葵)を

かたわらにをきたりけるをとり給て。いかにとか

や。この名こそ忘れにけれ。との給へば

 (中将君)さもこそはよるべの水にみくさ(水草)い(生)めけふのかざ

 

しよな(名)さへわするゝ とはぢらひて聞ゆ。げにとい

とおしくて

 (源)おほかたは思すてゝし世なれどもあふひはな

をやつ(摘)みをかすべきなどひとりばかりはおぼし

はなさぬけしきなり。 さみだれはいとゞながめく

らし給ふよりほかの事なくさう/\゛しきに。

十よ日の月はなやかにさしいでたる雲ま。めづ

らしきに。大将のきみおまへにさふらひ給ふ。花

橘の月影にいときはやかにみゆる。かほりもをひ

風なつかしければ。ちよ(千代)をな(馴)らせるこえもせなん

とまたるゝ程に。にはかにたちいづるむらくもの

 

 

16

けしきいとあやにくにて。おどろ/\しうふり

くる雨にそひてさとふく風に。とうろ(灯籠)もふきま

どはして空くらき心ちするに。まどをうつこえな

どめづらしからぬふることをうちずし給つるも。

おりからにや。いも(妹)が垣ねにをとなはせまほしき

御声なり。ひとりずみことにかはる事なけれ

ど。あやしうさう/\゛しくこそ有けれ。ふかき山

ずみせんにも。かくて身をならはしたらんは。こ

よなう心すみぬべきわざなりけりなどの給て。

女房こゝにくだ者などまいらせよ。おのこどもめ(召)

さむもこと/\しき(大袈裟)ほどなりなどの給ふ。心に

 

はたゞ空をながめ給ふ御けしきのつきせず

心ぐるしければ。かくのみおぼしまぎれずは。御お

こなひにも心すまし給はん事かたくやと見

奉り給ふ。ほのかにみし御面影だに忘れがたし。

ましてことはりぞかしと思ひい給へり。 きのふ

けふと思給ふる程に。御はてもやう/\ちか(近)う成

侍りにけり。いかやうにかをきておぼしめすらん。

と申給へば。なにばかりよのつねならうn事をかは

ものせん。かの心ざしをかれたるこくらく(極楽)のまん(曼)

だら(荼羅)など。このたびなんくやう(供養)すべき。経なども

あまたりけるを。なにがし僧都。みなその心く

 

 

17

はしうきゝをきたなれば又くはへてすべき事ど

もゝ。かの僧都のいはんにしたがひてなん者すべ

きなどの給。かやうのこともとよりとりたてゝお

ぼしをきてけるは。うしろやすきわざなれど。此

世にはかりそめの御ちきりなりけりと見給ふ

には。かたみといふばかりとゞめ聞え給つる人だに。も

のし給はぬこそ口おしう侍けれと申給へば。それ

は。かりそめならず。のちながき人々もさやう

なることの大かたすくなかりける。みづからのくち

おしさにこそ。そこにこそは門ひろげ給はめ

などの給ふ。なにごとにつけてもしのびがたき

 

御心よはさのつゝましくて。すぎにしことは

いたうもの給ひ出ぬに。またれつる郭公(山時鳥)のほの

かにうちなきたるも。いかにしりてかときく人たゞ

ならず

 (源)なき人をしのぶるよいのむら雨にぬれてや

きつる山ほとゝぎすとていとゞ空をながめ給 大

 (夕霧)時鳥君につてなんふる里の花たちばあんは

今ぞさかりと女房などおほくいひあつめたれと

とゞめつ。大将の君はやがて御とのいにさふらひ

給ふさびしき御ひとりねの心くるしければ。時々

 

 

18

かやうにさふらひ給を。おはせし世はいとけど

を(気遠)かりし。おましのあたりのいたうもちはな

れぬなどにつけて思ひ出らるゝ事どもおほかり。

いとあるき頃涼しきかたにてながめ給に。池の

はちす(睡蓮)のさかりなるを見給ふに。いかにおほかる

など先おぼし出らるゝに。ほれ/\しくてつく/\゛

とおはする程に日もくれにけり。日ぐらしのこえ花

やかなるに。おまへのなでしこの夕ばへをひとり

のみ見給ふは。げにぞかひなかりける。

 (源氏)つれ/\とわがなきくらす夏の日をかごとか

ましき虫のこえかな ほたるのいとおほうとびかふ

 

も。夕殿にほたるとんで。とれい(例)のふる事ども。かゝ

るすぢにのみくちなれ給へり。

 (源氏)夜るをしる蛍をみてもかなしきは時ぞと

もなき思ひなりけり七月七日もれいにかはり

たる事おほく。御あそびなどもし給はで。つれ/\゛

にながめくらし給て。星あひみる人もなし。まだ

夜ふかうひと所おき給て。つま戸をしあけ給へ

るに。前栽の露いとしげく。わたどのゝと(戸)より。と

をりて見わたさるれば。いで給て

 (源氏)七夕のあふせは雲のよそにみてわかれの庭に

露ぞをきそふ風の音さへたゞならずなりゆく

 

 

19

ころしも御法事のいとなみにて。ついたちごろは

まぎらはしげなり。今まてへにける月日よと

おぼすにも。あきれてあかしくらし給ふ。御正月

には。かみしもの人々みないもい(斎)して。かのまん

だらなどけふ(今日)ぞくやう(供養)せさせ給ふ。れいのよいの

御おこなひに御てうづ参らする。中将の君の扇

には

 (中将君)君こふる涙はきはもなき者をけふをばなに

のはてといふらんとかきつけたるをとりて見

給て 

 (源氏)人こふるわが身も末になりゆけど残りお

 

ほかるなみだなりけりとかきそへ給ふ。九月にな

りて九日。わた(綿)おほひたる菊を御らんじて

 (源氏)もろともにおきいしきくの朝露もひとり

たもちにかゝる秋かな神無月はおほかたも時雨

がちなる頃いとゞながめ給て。ゆふぐれのそらの

けしきにも。えもいはぬ心ぼそさにふりしか

どゝひとりごちおはす。くもいをわたる雁のつ

ばさも。うらやましくまもられ給ふ

 (源氏)おほ空をかよふまぼろし夢にだにみえこ

ぬ玉(魂)の行えたづねよなにごとにつけてもま

ぎれずのみ月日にそへておぼさる。五せちなど

 

 

20

いひて世の中そこはかとなく今めかしげなるころ。

大将どのゝ君だちわらは殿上し給て参り給

へり。おなじほどにてふたりいとうつくしきさ

まなり。御をぢの頭中将。蔵人の少将など。をみ(小忌)

にあせずり(青摺)のすがたども。きよげにめやすく

て。みなうちつゞきもてかしづきつゝもろとも

にまいり給ふ。思ふことなげなる共をみ給に。

いにしへあやしかりし日かげのおりさすがにお

ぼし出らるべし

 (源氏)宮人はとよのあかりにいそぐけふ日かげもし

らでくらしつるかなことしをばかくてしのびす

 

ぐしつれば。今はと世をさり給ふべき程ちかく

おぼしまうくるに。あはれなることつきせず。

やう/\さるべき事どもも御心のうちにおぼし

つゞけて。さふらふ人々にもほど/\につけて。

もの給ひ(物賜)などおどろ/\しく。いまなん限とし

なし給はねど。ちかくさふらふ人々は御ほいと

げ給ふべきけしきと見たてまつるまゝに。年の

暮ゆくも心ぼそくかなしきことかぎりなし。お

ちとまりてかたはなるべき人の御ふみども。や(破)れ

ばお(惜)しとおぼされけるにや。すこしづゝ残し

給へりけるを。物のついでに御覧じつけて。や(破)ら

 

 

21

せ給などするに。かのすま(須磨)のころほひ。所々よ

りたてまつり給けるもあるなかに。かの御て

なるは。ことにゆひあはせてぞ有ける。みづから

しをき給ける事なれど。ひさしうなりにける

よのことゝおぼすに。たゞいまのやうなる墨つき

など。げにちとせ(千年)のかたみにしつべかりけるを。見

ずなりぬべきよ。とおぼせば。かひなくてうと

からう人々二三人ばかりおまへにてやらせ給ふ。

いとかゝらぬ程の事にてだに過にし人の跡

とみるは哀なるを。ましていとゝかきくらし。それ

ともみわかれぬまて。ふりおつる御涙の水くき(茎)に

 

ながれそふを。ひともあまり心よはしと見奉る

へきか。かたはらいたうはしたなければ。をしや

りて

 (源氏)しで(死出)の山こえにし人をしたふとてあとを見

つゝもなをまどふかな さふらふ人々もまほ(まとも)には

えひきひろげねど。それとほの/\゛見ゆるに。心

まどひどもをろかならず。此世ながらとをからぬ

御別の程を。いみじとおぼしけるまゝに。か(書)い給へる

ことの葉。げにそのおりよりもせきあへぬかな

しさ。やらんかたなし。いとうたて今ひときは

御心まどひもめゝしく人わろく成ぬべければ。

 

 

22

よく見給はで。こまやかにかき給へるかたはら

 (源氏)かきつめてみるもかひなしもしほ草おなじ

雲井のけふりとをなれとかきつけてみなや(焼)か

せ給つ。御仏名もことしばかりにこそはとおぼ

せばにや。つねよりもことに錫杖のこえ/\゛な

どあはれにおぼさる。ゆく末ながき事を恋ね

がふも仏のきゝ給はん事かたはらいたし。雪

いたうふりてまめやかにつもりにけり。導師の

まかづるを御前にめして御さかづきなどつねの

さほうよりもさしわかせ給て。ことにろくなど

 

給はず。年頃ひさしく参りおほやけにもつ

かうまつりて。御覧じなれたる御だう師のかし

ら(頭)は。やう/\いろかはりてさふらふも哀におぼ

つる。れいの宮たち上達部などあまたまいり

給へり。梅花のわづかにけしきばみはじめて

おかしきを。御あそびなどもありぬべけれど。なを

ことしまでは物のね(音)もむせびぬべき心ちし給へ

ば。時によりたるものうちずしなどばかりぞせ

させ給ふ。まことやだうしのさかつきのついでに

 (源氏)春までのいのちもしらず雪のうちに色づ

く梅をけふかざしてん御返し

 

 

23

 (導師)千世の春みるべき花といのりをきてわが身

ぞ雪とともにふりぬる人々おほくよみをき

たれどもらしつ。其日ぞ出い給へる御かたちむ

かしの御光にもまだおほくそひてありがたく

めでたくみえ給ふを。此ふりぬるよはひ(齢)の僧

は。あいなうなみた(涙)もとゞめざりけり。とし暮

ぬとおぼすも心ぼそきに。わかみやの。な(儺)や(遣)らはん

と音たかゝるべき事。なにわざをせさせん。とはし(走)

りありき給ふも。おかしき御有さまを見ざ

らんことゝ。よろづにしのびがたし

 (源)物思ふとすぐる月日もしらぬまに年も

 

我世もけふやつきぬる ついたちの程の事。つね

よりことなるべくおをきてさせ給ふ。みこ(親王)たち

大臣の御引出物しな/\゛の禄どもなど。になう(何となう)

おぼしまうけてとぞ

 

 

 

 


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