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源氏物語(二十六)常夏

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567584

 

1

とこ夏

 

2

いとあつき日ひんがしのつりとのにいで給ふてすゞ

み給ふ。中将の君もさふらひ給ふ。したしき

殿上人あまたさふらひてにし川よりたてまつ

れる。あゆ。ちかき川のいしぶしやうの物。おまへに

ててうし参らす。れいの大殿の君だち中将の御

あたり尋まいり給へりさう/\゛しくねふたか

りつるおり。よくものし給へるかなとておほきみ

参り。ひみつめしてすいはんなととり/\にさう

どきつゝくふ。風はいとよくふけども日のどかにくも

りなき空の。西日になるほどせみのこえなともい

とくるしげに聞ゆれば。水のうへむとくなるけふの

 

 

3

あつかはしさかな。むらいのつみはゆるされなんや

とてよりふし給へり。いとかゝるころはあそびなど

もすさまじくさすがにくらしがたきこそくるし

けれ。宮つかへするわかき人々たへがたからんな。を

しひもとかぬ程にこゝにてだにうちみだれ。この

頃世にあらんことのすこしめづらしく。めふたさ

さめぬべからん。かたりてきかせ給へなにとなく。お

きなびたる心ちしてせけんのこともおほつか

なしやなどの給へどめづらしきことゝてうちい

で聞えんものかたりもおぼえねば。かしこまり

たるやうにてみないとすゝしきかうらんにせなる

 

をしつゝさふらひ給ふ。いかできゝし事ぞやお

とゞのほかばらのむすめたづね出てかしづき

給ふなるとまねぶひとありしかば。まことやと

弁の少将にとひ給へば。こと/\しくさまでいひな

すべき事にも侍らざりけるを。このかるのころほ

ひゆめがたりし給けるを。ほのきゝつたへ侍り

ける。女のわれなんかこつべきことあるとなのりいで

侍るを。中将のあそんなんきゝつけて。まことに

さやうにふればひぬべきしるしやあるとたづね

とふらひ侍ける。くはしきさまはえしり侍らず

げにこの頃めづらしき世kたりになむ人々も

 

 

4

し侍なるかやうの事こそ。人のためをのづからけ

そむなるわざに侍けれと聞ゆ。まことなりけりと

おぼして。いとおほかるつらにはなれたゝんを。をく

るゝ雁をしいて尋ね給ふらんが。ふくつけきぞかし。

爰にこそいとともしきにさやうならん物のくさ

ばひ見出まほしけれと。なのりも物うtきはとは

思ふらん。さらにこそ聞えね。さてももてはなれ

たることにはあらじ。らうげはしくとかくまぎれ給

めりし程に。そこきよくすまぬ水にやどれる

月はくもりなきやうのいかでかあらんとほゝえ

みての給ふ。中将の君もくはしくきゝ給事な

 

れば。えしもまめだゝず少将と藤侍従とはいと

からしと思たり。あそんやさやうのおち葉をだに

ひろへ人わろきなののちのよにのこらんよりは。

おなじかざしにてなぐさめんになでうことか

あらんとろうじ給ふやうなり。かやうのことにてぞ

うはべはいとよき御なかのむかしよりさすがにひま

有ける。まいて中将をいたくはしたなめてわびさ

せ給ふつらさをおぼしあまりてなまねたしと

もり聞え給へかしとおぼすなりけり。かくきゝ給

につけてもたいの姫君を見せたらんとき。またあ

なづらはしからぬかたにてもてなされなんはや

 

 

5

いと物きら/\しくかひあるところつき給へる人

にてよきあしきけぢめもけざやかにもては

やしまたもてけちかろむる事も人にことな

るおとゞなれはいかにものしと思ふらん。おぼえぬ

さまにてこの君(玉)をさしいでたらむに。えかろくは

おぼさしいときびしくもてなしてんなどお

ぼす。ゆふつけゆく風いとすゝしくてかへりうく

わかき人/\は思たり。心やすくうちやすみすゞ

まんや。やう/\かやうの中にいとはれぬべきよは

ひにもなりにけりやとて。西のたいにわたり給へば

君だち皆御をくりに参り給ふたそがれとき

のおぼ/\しきにおなじなをしどもなれは

なにともわきまへられぬに。おとゞ姫君をすこ

し。といで給へとておしのびて少将侍従などいて

まうできたり。いとかかりこまほしげに思へるを。

中将のいとしほうの人にていでこぬむしんなめり

かしこの人々はみな思ふ心なきならし。なを/\

しききはをだにまどのうちなるほどはほどに

したがひてゆかしく思ふべかめるわざなれば。この

いへのおぼえうち/\のくだ/\しきほどよりはいと

世にすきてこと/\しくなんいひおもひなすべ

かめる。かた/\゛物すめれとさすがに人のすきごと

 

 

6

いひよらんにつきなしかくてものし給ふはいかで

さやうならん人のけしきのづかさあさゝをもみん

なとさう/\しきまゝにねがひ思ひしを。ほい

なんかなふ心ちしけるなどさゝめききこえ給ふ。

おまへにみだれがはしき前菜などもうへさせ給

はずなでしこのいろをとゝのへたる。からのやま

とのませいとなつかしくゆひなしてさきみだ

れたる夕ばへいみじくみゆ。みなたちよりてこゝろ

のまゝにもおりとらぬをあかず思ひつゝやすらふ。

いうそくともなりな。心もちいなどもとり/\゛に

つけてこそめやすけれ。右の中将はましてすこし

 

しづまりて心はづかしげさまさりていかにぞやを

とづれ聞ゆや。はしたなくもなさしはなち給

ひそなどの給ふ。中将君はかくよき中にもす

ぐれておかしげになまめき給へり。中将をいと

ひ給こそおとゞはほいなけれまじりものなく

きら/\しかめるなるにおほきみだつすぢにて

かたくなゝりとにやとの給へば。きまさばとおふ人

も侍けるをと聞え給ふ。いでそのみさかなもては

やされんさまはねがはしからず。たゞおさなきど

ちのむすびをきけん心もとけずとし月へだて

給ふ心むけのつらきなり。まだげらうなりよの

 

 

7

きゝみゝかろしと思はればしらずがほにてこゝに

まかせ給へらんにうしろめたくはありなましや

などうめき給ふ。さはかゝる御心の隔ある御なかな

りけりと聞給にも。おやにしられ奉らん事のいつ

となきは哀にいぶせくおぼす。月もなき頃なれば

とうろにおほとなぶらまいれり。なをけぢかく

てあつかはしや。かゞり火こそよけれとて人め

してかゞり火のだい。ひとつこなたにとめす。おか

しげなる和琴のある引よせてかきならし給

へば。りちにいとよくしらべられたり。ねもいとよく

なれば。すこしひき給てかやうの事は御心に

 

いらぬすぢにやと月ごろ思ひおとし聞えける

かな。秋のよの月がけすゞしき程いとおくふかくは

あらで。虫の超えにかきならしあはせたるほど。

けぢかくいまめかしき物のね也。こと/\しきし

らべもなしや。しとげなしや。このものよさながら

おほくのあそびものゝね。はうしをとゝのへとり

たるなんいとかしこき。やまとごとゝはかなく

見せて。きはもなくしをきたることなり。ひろ

くことくにのことをしらぬ女のためとなんおぼゆる。

おなじくは心とゞめて物などにかきあはせてな

らし給へ。ふかき心とてなにばかりもあらずながら

 

 

8

またまことにひきうることはかたきにやあらん

只今はこのうちのおとゞになずらふ人なしかし。

たゞはかなきおなじすがゝきの程に。よろづの

物のねこもりかよひていふかたもなくこそひゞ

きのぼれとかたり給へば。ほの/\心得ていかで

とおぼす事なればいとゞいぶかしくて。このわ

たりにてさりぬべき御あそびのおりなどにきゝ

はべりなんや。あやしき山がつなどの中にも。

まねふものあまた侍るなる事なれば。をしな

べて心やすくやとこそ思ふ給へつれ。さはすぐれた

るはさまことにや侍らんとゆかしげにせちに心

にいりて思給へれば。さかしあづまとぞなもたち

くだりたるやうなれど。御前の御あそびにも

まづふんのつかさをめすは。人のくにはしらず。こゝ

にはこれをものゝおやとしたるにこそああめれ。その

中にもおやとしつべき御てよりひきとり給へ

らんは。此ことなりなんかし。こゝになどもさるべ

からんおりにはものし給ひなんを。このことにて

おしまずなどあきらかにかいならし給はん事

やかたからん。ものゝ上ずはいづれのみちも心やす

からずのみぞあめる。さりともついにはきゝ給てん

かしとてしらべすこしひきたまふ。ことつひきび

 

 

9

う(と二なく)いまめかしくおかし。これにもまされるねにや

侍らんとおやの御ゆかしさたちそひてこの事

にてさへいかならんよにさてうちとけひき給

はむをきかむなど思ひ給へり。ぬきがはのせゞ(貫河の瀬々)

のやはらたなどいとなつかしくうたひ給ふ。

おやさくるつまはすこしうちわらひつゝわざと

もなくかきならし給ひたる。すがきのほどいひし

らすおもしろく聞ゆ。いでひき給へざえは人になん

はぢぬわざなり。さうふれん(想夫恋)ばかりこそ心のうちに

まぎらはす人も有けめ。おもなくてかきこれに

ひきあはせつるなんよきとせち(切)に聞え給へど

 

さるいなかのくまにてほのかに京人となのり

ける。ふるおほ君女のをしへ聞えければ。ひがこと

にもやとつゝましくて手ふれたまはず。しばし

もひき給はなん。きゝとることもやと心もとなき

に。この御ことによりぞちかくいざりよりて。いか

なる風のふきそひてかくはひゞき侍そよとてう

ちかたふき給へるさまほかけにいとうつくしげなり。

わらひ給てみゝかたからぬ人のためには身にしむ

かぜも吹そふかしとてをしやり給。いと心やまし。

人々ちかくさふらへばれいのたはふれごともえ

聞えたまはでなでいsこをあかでもこの人々

 

 

10

のうちさりぬるかないかでおとゝにもこのはな

ぞのみせ奉らんよもいとつねなきをと思ふに

いにしへも物のついでにかたりいで給へりもたゞ

いまの事とぞおぼゆるとてすこしの給ひい

でたるにもいあとあはれなり

 (源)なでしこのとこ夏かしき色をみばもとの

かきねを人やたづねん此ことのわづらはしさに

こそまゆごもりも心ぐるしく思聞ゆれとのた

まふ。きみうちなきて

 (玉鬘)山がつのかきほにおひしなでしこのもとの

ねざしをたれかたづねんはかなげに聞えない

 

給へるさまげにいとなつかしくわかやかなり。こさ

らましかばとうちずし給ひていとゞしき御心

はくるしきまでえ忍びはつましくおぼさる。わ

たり給事もあまりうちしきり人の見たてま

つりとがめつべきほどは心のおにゝおぼしとゞめ

てさるべき事をしいでゝ御文かよはぬおりなし。

たゞこの御事のみ明暮御心にかゝりたり。なぞか

くあいなきわざをして。やすからぬ物おもひを

すらん。さ思はじとて心のまゝにもあらば。よの人

のそしりいはむことのかる/\゛しさ。我わめをば

さる物にて。kもの人の御ためいとおしかるべし。かぎ

 

 

11

りなきこゝろざしといふとも。春のうへの御お

ぼえにならぶばかりはわが心ながらえあるまじく

おぼししりたり。さてそのおとりのつらにて

は。なにばかりかはあらん。わが身ひとつこそ人より

はことなね。みん人のあまたが中にかゝづらはんす

えにてはなにのおぼえかは。たけからんことなる

事なき納言のきはのふた心なくておもはん

におとりぬべき事ぞと。みづからおぼしゝるに

いと/\をしくて。宮大将などにやゆるしてまし。

さてもてはなれいざなひとりては思ひもたえ

なんや。いふかひなきにてさもしてんとおぼす

 

おりもあり。されどわたり給ひて御かたちを

見給ひ。今は御ことをしへ奉り給ふに。さること

つけてちかやかになれより給ふ。姫君もはじめ

こそむくつけくうたて共思ひ給ひしが。かくて

もなだらかにうしろめたき御こゝろあらざりけ

りとやう/\めなれていとしもうと見聞え給

はず。さるべき御いらへもなれ/\しからぬ程に聞え

かはしなどしてみるまゝに。いとあい行づきかほ

りまさり給へれば。なをさてもえすぐしやるま

じくおぼしかへす。さはまださてこゝながらかし

づきすへてさるべきおり/\にはかなく打しの

 

 

12

び。ものをも聞えてなぐさみなんや。かくまだ

よなれぬほどのわづらはしさこそ心ぐるしくは

ありけれ。をのづからせきもりつよくとも物の

心しりそめいとおしき思ひばくは我心も思ひ

いりなばしげくともさはらじかしとおぼし

よるもいとけしからぬことなりや。いよ/\心やす

からず思ひわたらんもぐるしからん。なのめに思ひ

すぐさんことのとさまかうさまにかたきぞよつ

かすむつかしき御かたらひなりけり。うちのおほ

殿はこのいまの御むすめの事をとのゝ人もゆる

さずかろめいひ世にもほぎたることゝそしり

 

聞ゆときゝ給ふに。少将のことのついでにおほき

おとゞのさることやととふらひ給し事かたり

きこゆれば。さかしそこにとしころをとにもき

こえぬやまがつのこむかへとりてものめかしたつね

おさ/\人のうへもどき給はぬおとゞの。このわたり

のことはみゝとゞめてぞおとしめ給ふや。これぞおぼ

えあるこゝちしけるとの給ふ。少将のかのにしの

たいにすへ給へる人はいとことおなき。けはひみゆる

わたりになん侍なる。兵部卿宮などいたう心とゞ

めての給わづらふとか。おぼろげにはあらじとなn

人々をしはかりはべめると申給へば。いでそれは

 

 

13

かのおとゞの御むすめと思ふばかりのおぼえのいと

いみじきぞ人の心みなさこそあるよなめれ。かならず

さしもすぐれじ。人々しきほどならば年ごろ

きこえなましあたらおとゞのちりもつかずこ

の世にはすぎ給へる御みのおぼえありさまにお

もだゝしきはらにむすめかしづきてげにきず

なからんと思ひやりめでたきが。物し給はねばお

ほかたのこ(子)のすくなくてこゝろもとなきなめり

かし。おとりはらなれど。あかしのおもとのうみいで

たるはしもさるよになきすくせにてあるやう

あらんとおぼゆかし。其いま姫君はようせずは

 

しちの御こにもあらじかし。さすがにいとけしき

ある所つき給へる人にてもてなひ給ふならん

といひおとし給ふ。さていかゞさだめらるなる。みこ

こそまつはしえ給はん。もとよりとり分(わき)て御

なかもよし。人がらもきやうさく(警策)なる御あはひ

どもならんかしなどの給ひては。なを姫君の

御事あかずくちおしくかやうに心にくゝもて

なしていかにしなさんなどやすからずいぶかし

からせまし物をとねたければくらい(位)さばかりを

見ざらんかぎりはゆるしがたくおぼすなりけり。

おとゝなどもねんごろにくちいでかへさひ給はん

 

 

14

にこそはまくるやうにてもなひかめとおぼす。お

とごがたはさらにいられ聞え給はず。心やましく

なんとかくおぼしめぐらすまゝにゆくりもなく

かるらかにいひわたり給へり。少将も御ともにま

いり給ふ。ひめ君はひるねし給へるほどなり。うす

物のひとへをき給てふし給へるさま。あつかはし

くはみえずいとらうたげにさゝやかなり。すき給

へるはだつきなどいとうつくしげなるてつさし

て。あふぎをもたまへるながら。かひなを枕にて

うちやられたる御ぐしの程いとながくこちたくは

あらねどいとおかしきすえつきなり。人々物

 

のうしろによりふしつゝうちやすみたれば。ふとも

おとえおいたまはず。あふぎをなし給へるに。なに

ごゝろもなく見あげ給へるまみらうたげにて

つらるきあるめるもおやの御めにはいとうつくしく

のみ見ゆ。うたゝねはいさめ聞ゆる物を。などかいと

物はかなきさまにては。おほとのごもりける。人々

もちかくさふらはであやしや。女は身をつねに

心づかひしてまもりたらんなんよかるべき。心や

すくうちすてざまにもてなしたるしな(品)なき

ことなり。さりとていとさかしく身かためて

ふどうのだらによみいむつくりていたらんもに

 

 

15

くし。。うつゝのひとにもあまりけどをく物へだ

てがましくなどけたかきやうとても人にくゝ

心うつくしくはあらぬわざなり。おほきおとゞの

きさきがねの媛君ならはし給ふなるをしへは

よろづのことにかよはしなだらめてこと/\(かど/\)し

きゆへもつけじ。たど/\しくおほめくこともあ

らじとゆるゝかにこそをきて給ふなれ。げにさも

有事なれど人として心にもするわざにもた

てゝなびくかたは。かたとあるものなればおひいで

給ふさまあらんかし。この君のひとゝなり宮づ

かへにいだしたて給はんよのけしきこそいと

 

ゆかしけれなどの給ひて。思ふやうに見奉らんと

おもひしすぢはたがふやうに成にたる御みなれ

どいかで人わらはれならずしなしたてまつらん

となん。人のうへのさま/\゛なるをきくことに思

みだれ侍。心みごとに念ごろからん人のべぎこと

になしばしなびき給ふそ。思ふさま侍などいと

らうたしと思ひつゝ聞え給ふ。むかしはなに

事もふかくも思ひしらで中々さしあた

りていとおしかりしことのさはぎにもおもなく

てみえ奉りけるよといまそ思いづるにむねふた

がりていみじうはづかしき。おほ宮よりもつねに

 

 

16

おぼつかなきことをうらみ聞え給へど。かくのた

まふるがつゝましくてえわたり見たてまつり

給はず。おとゞこの北のたいの今ひめぎみをいか

にせん。さかしらにむかへいできて人かくそしると

て返し(近江へ)をくらんもいとかる/\゛しくものぐるをし

きやうなり。かくてこめをきたればまことにかし

づくべき心あるかと人のいひなすなるもねたし。女

御の御かたなどにまじらはせて。さるをみのもの

にしないてん。人のいとかたはなる物にいひおとす

なる。かたちはたいとさいふばかりにやはある

などおぼして。女御の君にかの人まいらせん

 

見ぐるしからん事などは。おいしらへる女房など

してつゝまずいひをしへさせ給ひて御覧ぜよ

わかき人々のことくさにはなわらわせきせ給そ

うたてあはつけきやうなりとわらひつゝ聞え

給。などかいとさことのほかには侍らん。中将などの

いとになく思ひ侍けんかねことにたへずとおふば

かりにこそは侍らめ。かくの給ひさはぐを。はしたな

うおもはるゝにもかたへはかゝやかしきにやといと

はづかしげにて聞えさせ給。此御有さまはこま

かにおかしげさはなくて。いとあてにすみたる

物のなつかしきさまそひて。おもしろき梅の花

 

 

17

のひらけさしたるあさぼらけおぼえて残り

おほかりげにほゝえみ給へるぞ。人にことなりける

と見奉り給ふ。中将のいとさいへと心わかきた

どりのすくなさになと申給もいとおしげなる

人の見おぼえかな。やがてこの御かたのたよりに

たゝずみおはしてのぞき給へばすだれたかやかに

をしはりて。五せちの君とてざれたるわか人(うど)の

あるとすぐろくをぞうち給てをいとせちにをし

もみてせうさい/\とこふこえぞいとしたときや。

あなうたてとおぼして御ともの人のさきをふ

をもてかきせいし給て。なをつまどのほそめなる

 

よりさうじのあきあひたるを見いれ給。このひと

も。はた。けしきはやれる。御返しや/\とどうを

ひねりてとみにもうちいでず。なかに思ひはあり

やすらん。いとあさへたるさまどもしたり。かたちは

ひぢゝかにあいぎやうづきたるさまして。かみうる

はしく。つみかろげなるを。ひたいのいとちかやかな

ると。こえのあはつけさとにぞこなはれたるな

めり。とりたてゝよしとはなけれどこと人とあら

がふべくもあらず。かゞみに思ひあはせられ給ふに

いとすくせ心づきなし。かくてものし給ふはつき

なくうい/\しくなどやある。ことしけくのみ

 

 

18

ありてとふらひまうでずやとの給へば。れいのい

としたとにてかくてさふらふはなにの物思ひか

侍らん。としごろおぼつかなくゆかしく思ひき

こえさせし御かほ。つねにえ見奉らぬばかりこ

そ。てうたぬ心ちし侍れときこえ給ふ。げに身に

ちかくつかう人もおさ/\なきに。さやうにても見

ならし奉らんとかねては思ひしかど。えさしも

あるまじきわざなりけり。なべてのつかうま

つり人こそ。とあるもかゝるもをのづからたちまし

らひて人のみゝをもめをもかならずしもとゞめ

ぬ物なれば心やすかるべかめれ。それだにその人の

 

むすめのかの人のことしらるゝきはになればおや

はらからのおもてふせなかたくひおほかめり。まし

てとの給ひさしつる御けしきのはづかしきも

見しらず。何かそはこと/\しく思ひ給へて

ましらひ侍らばこそところせからめ。おほみおほ

つぼとりにもつかうまつりなんと聞え給へば

えねんじ給はてうちわらひ給ひて。につかはし

からぬやくなんなり。かく玉さかにあへるおやのけう

せんの心あらば。此物の給ふこえをすこしのと

めてきかせ給へ。さらば命ものびなんかしとおこ

めい給へるおとゞにてほゝえみての給。したのほん

 

 

19

上(したのほん上:舌の本性)にこそは侍らめ。おさなく侍りしときだにこはゝ(故母)

のつねにくるしがりをしへはべりし。めうほうし(妙法寺)の

べたう(別当)大とこ(大徳)のうぶやに侍ける。あへ物となんな

げき侍たうしいかでこのしたとさ。やめ侍らんとお

もひさはぎたるもいとけうやうの心ふかくあはれ

なりと見給。そのけぢかくいりけんおおどここそあ

ぢきなかりけれ。たゞそのつみのむくひなんなり

をしごと。どもりとぞおおぞうそしりたるつみにも

かぞへたるかしとの給てこながらはづかしくおは

する御さまにみえ奉らんこそはづかしけれ。いかに

さだめてかくあやしきけはひもたづねずむかへ

 

よせけんとおぼし。人々もあまたみづぎいひち

らさん事と思ひ返し給ふものから。女御のさと

にものし給時々わたりまいりて人の有さま

などもみならひ給へかし。ことあんる事なき人も

をのづから人にまじらひ。さるかたになればさて

もありぬかしさす心してみえ奉り給ひなん

やとの給へば。いとうれしき事にこそ侍なれ。たゞいか

でもいかでも御かた/\にかずまへしろしめされん

ことをなんねてもさめてもとし頃なに事を

思ひ給へつるにもあらず。御ゆるしだに侍らば水を

くみいたゞきてもつかうまつりなんといとよ

 

 

20

げにいますこしさへつればいふかひなしとおぼし

ていとしかおりたちてたきゞひろひ給はずとも

参り給ひなん。た/\かのあへ物にしけんのりの

したにとをくはとをこことにの給なすをもしらず

おなじ大臣と聞ゆる中にもいときよげに物/\

しくはなやかなるさましておぼろけの人みえ

にくき御けしきをもしらず。さていつか女御どのに

はまいり侍らんずると聞ゆれば。よろしき日など

やいふべからん。よしこと/\しくはなにかはさもと

思はれば。けふにてもとの給ひすてゝわたり給ひぬ。

よき四位五位たちのいつききこえてうちみじ

 

ろき給にもいといかめしき御いきほひなるを見

をくり聞えて。いであなめでたのにがおやゝ。かゝ

りけるたねながらあやしきこいへにおひ出けるこ

とゝの給ふ。五せちあまりこと/\しくはづ

かしげにぞおはする。よろしきおやのおもひかし

づかむにぞたづねいでられたまはましといふも

わりなし。れいの君の人のいふことやぶり給ひて

めざまし。今はひとつくちにことばなまぜられそ。あ

るやうあるべきみにこそあめれとはらだちた

まふかほやうけぢかくあいきやうづきてうちそほれ

たるは。さるかたにおかしくつみゆるされたり。たゞ

 

 

21

いとひなひあやしきしも人の中にたひいで給

へれば物いふさまもしらずことなるゆへなきこと

ばをも。声のどやかにをししづめていひいだし

たるは。うちきくみゝことにおぼえ。おかしからぬ歌

がたりをするもこはづかひつき/\゛しくて残りお

もはせ。もとすえおしみたるさまにて。うちずんし

たるはふかきすぢおぼえぬほどの打聞にはおかし

かなりとみゝもとまるかし。いとこゝろふかくよし

あることをいひいたりとも。よろしき心ちあらん

と聞ゆべきもあらず。あはつけきこはざまにの

給ひいづる事は。こは/\しくことばたみてわか

 

まゝにほこりならひたるめのとのふところにな

らひたるさまにもてなし。いとあやしきにやつ

るゝなりけり。いといふかひなきにはあらず。みそ

もじあまりもとすえあはぬうたくちとくうち

つゞけなどし給ふ。さて女御どのにまいれとの給

つるを。しぶ/\なるさまならば。物しくもこそおぼ

せ。よさりまうでんおとゞのきみ天下におぼすとも

この御かた/\のすげなくし給はんにはとのゝう

ちにはたてりなんやとの給ふ。御おぼえの程いと

かろらかなりや。まづ御文奉り給ふ。あしかきの

まぢかき程にはさふらひながらいまゝでかげふ

 

 

22

むばかりのしるしも侍らぬはなごそのせきをや

すへさせ給つらんとなんしらねども。むさしのと

いへばかしこけれどもあなかしこやあなかしこや

とてんがちにて。うらにはまことやくれにもまいり

こんと思ふ給へたつはいとふに。はゆるにや。いでや/\

あやしきは。みなせ川(水無川)にを。とて。またはしにかくぞ

 草わかみひたちの海のいがゝさきいかであひ

みんたごのうらなみおほ川みづのとあをきし

きしひとかさねにいとさうがちにいかれるての

すのすぢともみえず。たゞよひたるかきざま。しも

じながにわりなくゆへはめりくたりのほど。はじ

 

さまにすぢかひてたうれぬべく見ゆるをうち

えみつゝさずかにいとほそくちいさやかにまきむ

すびてなでしこの花につけたる。ひすまし

わらはしもいとなれてきよげなるいままいり也

けり。女御の御かたの大ばむ所によりてこれ参

らせ給へといふ。しもづかへみしりてきたのたいに

さふらふわらはなりけりとて御文とりいれ。た

いふの君といふもて参りてひきときて御覧ぜ

さす。女御ほゝえみてうちをかせ給へるを。中納言

君といふちかくさふらひてそば/\見けり。いと

今めかしき御ふみの気色にも侍かなとゆかし

 

 

23

げに思ひたれば。さうのもじはえみしらねばにや

あらん。もとすえなくもみゆるかなとて給へり。御

返事かくゆへ/\しからずはわろしとやおもひ

おとされん。やがてかき給へとゆづり給ふ。もでい

でゝこそあらね。わかき人は物おかしくてみなうち

わらひぬ。御返りこへはおかしきことのすぢにのみ

まつはれて侍めれば聞えさせにくゝこそ。せんじ

がきめきてはいとおしからんとて。たゞ御文めきて

かくちかきしるしなきおぼつかなさはうらめし

くて

 ひたちなるするがのうみのすまのうらに浪

 

たちいでよはこざきの松とかきてよ見聞ゆれば

あなうたてまことにみづからのにもこそいひな

せとかたはらいたげにおぼしたれと。それはきかむ

ひとにきまへ侍なんとてをしつゝみていだし

つ。御かたみておかしの御くちつきや。まつとの給へ

るをとていとあまへたるたきものゝかを。かへす/\゛

たきしめい給へり。べにといふものいとあからかに

かいつけて。かみけづりつくろひ給へる。さるかたに

にぎはゝしくあいぎやうづきたり。御たいめんの

ほどさし過したる事もあらんかし

 

 

 

 

 

 


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