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源氏物語(二十五)蛍

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読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567583

 

1

ほたる

 

2

いまはかくおも/\しきほどに。よろづのどやかにお

ぼししづめたる御ありさまなれば。たのみきこえ

させ給へる人々さま/\゛につけて皆思ふさま

にさだめり。たゞよはしからであらまほしくて

すごし給ふ。たいの姫君こそいとおしく思ひの

ほかなる思ひそひていかにせんとおぼしみだる

めれ。かのげんかうかりしさまにはなずらふべきけ

はひならねど。かゝるすぢにかけても人の思ひ

より聞ゆべきことならねば。心ひとつにおぼし

つゝ。さまことにうとましとおもひきこえ給ふ。

なに事をもおぼししりにたる御よはひなれば

 

 

3

とさまかうさまにおぼしあつめつゝ。母君のおは

せすなりにけるくちおしさもまたとり返し

おしくかなしくおぼゆ。おとゞもうちいでそめ給

ひてはなか/\くるしくおぼせど。人めをはゞかり

給ひつゝはかなき事をもえきこえ給はず

くるしくもおぼさるゝまゝにしげくわたり

給ひつゝ。おまへの人どをく。のどやかなるおりは

たゞならずけしきばみきこえ給ふ。ことにむねつ

ぶれつゝけざやかにはしたなく聞ゆべきにはあら

ねば。たゞみしらぬさまにもてなし聞え給ふ。人

さまのわらゝかにけぢかくものし給へばいたくまめ

 

だちたる心し給へど。なおおかしうあいぎやうづ

きたるけはひのみみえ給へば。兵部卿宮などは

まめやかにせめ聞え給ふ。御らうのほどはいくばく

ならぬに。五日雨になりぬるうれへをし給ひて

すこしけぢかき程をだにゆるしたまはゝ思ふ

事をもかたはしはるけてしがなときこえ給

へるを。との御らんじてなにかは。この君だちの

すき給はんは見所ありなんかし。もてはなれ

てなきこえ給ひそ。御返り時々聞え給へと

て。をしへかゝせ奉り給へどいとうたておぼえた

まへば。みだり心ちあしとて聞え給はず人々も

 

 

4

ことにやんごとなくよせをもきなどもおさ/\なし。

たゞはゝ君の御をぢなりける。宰相ばかりの人の

むすめにて。心ばせなど口おしからぬがよにおとろへ

のこりたるをたづねとり給へるぞ。宰相のきみ

とて手などもよろしくかき。おほかたもおとなび

たる人なれば。さるべきおり/\の御かへりなどかゝせ

給へば。めしいで言葉などの給ひてかゝせ給ふ。物

などの給ふさまをゆかしとおぼすなるべし

さうじみは。かくうたてある物なげかしさの後は。此

宮などのあはれげにきこえたまふときは。す

こし見いれたまふときもありけり。なに

 

かと思ふにはあらず。かく心うき御けしき見ぬ

わざもがなとさすがにされたる所つきておぼし

けり。とのはあいなくをのれ心げさうして宮を

まち聞え給ふもしり給はで。よろしき御

かへりのあるをめづらしがりていと忍やかに

ておはしましたり。つまどのまに御しとねま

いらせて御几丁ばかりをへだてにてちかきほど

なり。いといたく心してそらだきもの心にくき

程ににほはしてつくろひおはするさま。おやには

あらでむつかしきさかしら人のさすがにあはれに

みえ給ふ。宰相の君なども人の御いらへきこ

 

 

5

えん事ともおぼえずはづかしくていたるを

むもれたりとひきつみ給へば。いとわりなし。夕

やみすぎておぼつかなき空のけしきのくもら

はしきに。うちしめりたるみやの御けはひも

いとえんなり。うちよりほのめくをひ風もいtゞ

しき御匂ひのたちそひたれば。いとづかくかほり

みちて。かねておぼしゝよりもおかしき御け

はひを心とゞめ給ひけり。うち出て思ふ心の

程をの給つゞけたることの葉。おとな/\しく

ひたふるにすき/\゛しくあはで。いとけはひ

ことなり。おとゞいとおかしとほのきゝおはす

 

姫君は東おもてにひきいりて御とのごもりに

けるを。宰相の君の御せうそこつたへにいざり

いりたるに。つけていとあまりあつかはしき御

もてなしなり。よろふの事ざまにしたがひたる

こそめやすけれ。ひたふるにわび給ふべきさま

にもあらず。このみやたちをさへさしはなちたる

人づてに聞え給ふまじき事なりかし。御

声こあそおしみ給ふとも。すこしけぢかくだにこ

そなどいさめ聞え給へど。いとわりなくてこと

つけても。はい入給ぬべき御心ばへなれば。とさま

かうさまにわびしけれはすべりいでゝ。もやの

 

 

6

きはなるみ几丁のもとにかたわらふし給へり。

なにぐれとことながき御いらへ聞え給ふことも

なく。おはしやすらふにより給ひて。み几帳のかた

びらをひとへうちかけ給ふに。あはせてさとひ

かる物。しそくをさしいでたるかとあきれたり。

ほたるをうすきかたにこの夕つかたいとおほく

つゝみをきてひかりをつゝみかくし給へりける

を。さりげなくとかくひきつくろふやうにて

にはかにかくけちえんにひかれるに。あさまし

くてあふぎをさしかくし給へる。かたはらめ

いとおかしげなり。おどろ/\しきひかりみえば

 

宮ものぞき給ひなん。わがむすめとおぼすば

かりのおぼえにかくまでの給ふなめり。人ざ

まかたちなどいとかくしもくしたらんとはえ

をしはかり給はじ。いとよくすき給ぬべき心ま

どはさんとかまへありき給ふなりけり。まこと

のわれ姫君をばかくしもていでさはぎ給

はじ。うたてある御心なりけり。ことかたより

やをらすべり出てわたり給ひぬ。宮は人のおはす

る程さばかりとをしはかり給ふが。すこしけぢ

かき御けはひするに。御心ときめきせられ給

ひて。えならぬうすものゝかたびらのひまより

 

 

7

みいれ給へるに。ひとまばかりへだてたる見わたし

に。かくおぼえなきひかりのうちほのめくをおかし

とみ給ふ。ほどもなくまきらはしてかくしつ

されどほのかなるひかり。えんなることのつま

にもしつべくみゆ。ほのかなれどそびやかにふし

給へりつるやうだいのおかしかりつるを。あかず

おぼして。けにあのこと心にしみにけり

 (兵部卿)なくこえも聞えぬむしの思ひだに人のけつ

にはきゆる物かは思ひしりぬやと聞え給ふ。

かやうの御返しを思ひまはさんもねぢけた

ればときばかりをぞ

 (玉)こえはぜて身をのにこがすほたえうこそいふよ

りまさる思ひなるゝめなどはかなく聞えなし

て。御みづからはひきいり給ひにければ。いとはる

かにもてなし給ふうれはしさをいみじう恨き

こえ給ふ。すき/\゛しきやうなればい給ひもあ

かさで軒のしづくもくるしさにぬれ/\にふかく

出給ひぬ。郭公などかならずうちなきけんかし

うるさければこそきゝもとゞめね。御けはひな

どのなまめかしさは。いとよくおとゞの君にた

てまつり給へりと。人々もめで聞えけり。よべ

いとめおやだちてつくろひ給ひし御けはひを

 

 

8

うち/\はらであはれにかたじけなしと

みないふ。ひめきみは。かくさすがなる御けしき

をわがみづからのうさぞかし。おやなどにしられ

奉り。よの人めきたるさまにて。かやうなる御心

ばへならましかば。などかはいとにけなくもあら

まし。人にゝぬありさまこそついによがたりに

やならんとおきふしおぼしなやむ。さるはま

ことにゆかしげなきさまにはもてなしはてじ

とおとゞはおぼしけり。なをさる御心ぐせなれ

ば。中宮などもいとうるはしくやは思ひ聞え

給へる。ことにふれつゝたゞならず聞えうごかし

 

などし給へど。やんごとなきかたのをよびなさ

にわづらはしくて。おりたちあらはし聞え給

はぬを。このきみは人のさまもけぢかく今め

きたるに。をのづから思ひしのびがたきおり/\

人みたてまつりつけば。うたかひおひぬべき御もて

なしなどはうちまじるわざなれ。とありがたく

おぼしかへしつゝさすがなる御中なりけり。五日

にはむまばのおとゞに出給ひけるついでにわた

り給へり。いかにぞや宮は夜やふかし給ひし

いたくもならし聞えじ。わづらはしきけそひ

給へる人ぞや。人の心やぶりものゝあやまちす

 

 

9

まじき人はかたくこそありけれなどいけ身こ

ろしみいましめおはする御さまつきせずわか

くきよげにみえ給ふ。つやもいろもこぼるばか

りなる御ぞに。うすき御なをしはかなくかさ

なるあはひもいづこにくはゝれるきよらにか

あらん。このよの人のそめいだしたるとみえず。

常の色もいあけぬあやめもけふはめづらかにおかし

うおぼゆる。かほりなども思ふことなくはおかし

かりぬべき御ありさまかなと姫君はおぼす。宮

より御ふみあり。しろきうすやうにて御ては

いとよしありてかきなし給へり。見るほどこそ

 

おかしかりけれ。まねびいづればことなることな

しや

 (兵部卿)けふさへやひく人もなきみがくれにおふるあや

めのねのみなかれんためしにもひきいでつべ

きねにむすびつけ給へるは。けふの御かへりはなど

そゝのかしをきて。いで給ぬこれかれもなをと

聞ゆれば御心にもいかゞおぼしけん

 (玉)あらはれていとゞあさくもみゆるかなあやめも

わかずながれけるねのわか/\しくとばかりほの

かにぞあめるてを。いますこしゆへづけたらばと

宮はこのましき御心にいさゝかあかぬことゝみ給

 

 

10

ひけんかし。くすだまなどえならぬさまにて所々

よりおほかり。おぼししづみつるとし頃のな

ごりなき御ありさまにて。心ゆるび給ことも

おほかるに。おなじくは人のきずつくばかりのこ

となくてもやみにしがなと。いかゞおぼさゞらん。

とのは東の御かたにもさしのぞき給て。中将

のけふのさかさの。てつがひのついでに。をのこ

どもひきつれてものすべきさまにいひしを

さる心し給へまだあかき程にきなんものぞ

あやしくこゝにわざとあんらずしのぶることを

もこのみこたちのきゝつけてとふらひものし

 

給へば。をのづからこと/\゛しくなんあるをよう

いし給へなどきこえ給ふ。むまばのおとゞはこ

なたのらうよりみとをす。ほどとをからず。わかき

人々わたどのゝ戸あけてものみよや。左のつかさ

にいとよしある官人おほかるころなり。せう/\の

殿上人におとるまじとの給へば。物みんことをい

とおかしとおもへり。たいの御かたよりもわらはべ

などものみにわたりきて。らうのとぐちにみ

すあをやかにかけわたして。いまめきたるすそ

この几丁どもたてわたし。わらはしもづかへなど

さまよふ。さうぶがさねのあこめ。ふたあひのうす

 

 

11

物のかざみきたるわらはべぞ。にsのたいのな

める。このましくなれたるかきり四人しもづかへは

あふちのすそごのも。なでしこのわかばのいろ

したるからきぬなど。けふのよそひ共也。こなた

のは。こきひとへがさねに。なでしこがさねのかざ

みなど。おほとかにてめやすきわらはべ。をの/\

いどみかほなるもてなし見所あり。わかやか

なる殿上人などはめをたてつゝけしきばむ。

ひつじの時ばかりにむめばのおとゞに出給へ

り。げにみこたちおはしつどひたり。てつがひど

もおほやけ事にはさまかはりてすけたち

 

かきつれ参りて。さまことに今めかいsくあそ

びくらし給ふ。女はなにのあやめもしらぬことな

れど。とねりどもさへえんなるさうぞくをつ

くして。身をなげたる。てまどはしなどをみる

ぞおかしかりける。みなみのまちもとをして

はる/\゛とあれば。あなたにもかやうのわかき人

どもは見けり。打毬楽(たぎゅうらく:雅楽)らくそむ(落蹲)などあそびて

かちまけのらんさうどものゝしな夜に入は

てゝなに事もみえずなりはてぬ。とねりども

のろくしな/\゛給はるいたくふけて人々みな

あがれたまひぬ。おとゞはこなたにおほとのごも

 

 

12

りぬ。物語など聞え給て兵部卿宮の人より

こよなく物し給かな。かたちなどはすぐれねど

よういけしきなどよしあり。あい行づきたる

君なり。忍びてみ給ふつや人は。よしといへど

なをこそあれとの給ふ御をとうとにこそ

物し給へどねびまさりてぞみえ給ける。年頃

かくおりすぐさずわたりむつび聞え給ふと

聞侍れど。昔うちわたりにてほのみ奉りし

のち。おぼつるなしかし。いとよくこそかたちな

とねびまさり給にけれ。うちのみこよくも

のし給ふめれど。けはひおとりておほ君。けしき

 

にぞ物し給ひけるとの給へば。ふとみしり給に

けりとおぼせど。ほゝえみてなをあるをばよし

ともあしともかけ給はず。人のうへをなんつけ

おとしめざまのこといふ人をば。いとおしき物に

し給へば。右大将などをだに心にくき人にすめる

を。なにばかりかはある。ちかきよづがにてみんは

あかぬことにやあらんとみ給へど。ことにあらはし

てもの給はず。いまはたゞおほかたの御むつびに

ておましなどもこと/\にておほとのごもる。

なとてかくはあんれそめしぞととのはくるし

がり給ふ。おほかたなにやかやともそばみ聞え

 

 

13

給はで。としごろかくおりふしにつけたる御

あそびどもを人づてにのみきゝ給ひけるに。

けふめづらしかりつる事ばかりをぞこのまちの

おぼえきら/\とおぼしたる

 (花散里)そのこまもすさめぬくさとなにたてるみぎは

のあやめけふやひきつるとおとるにきこえ

給ふ。なにばかりのことにもあらねど。あはれと

おぼしたり

 (源)にほどり(鳰鳥)にかげをならぶるわかごまはいつ

かあやめにひきわかるべきあいたちなき御

ことゞもなりや。あさ夕のへだてあるやうなれど

 

かくてみ奉るは心やすくこそあれとたはふれ事

まれどのどやかにおはする人ざまなればしづまり

て聞えなし給ふゆかをばゆづりきこえたま

ひてみ几帳へだてゝおほとのごもる。けぢかくなど

あらんすぢをばいとにげなかるべきことにおもひ

はなれはて聞え給へれば。あながちにも聞え

給はずなが雨れいのとしよりもいたゝしては

るゝかたなくつれ/\゛なれば。御かた/\゛えもの

がたりなどのすさひにてあかしくらし給ふ

あかしの御かたはさやうのことをもよしありて

しなし給ひてひめ君の御かたに奉給。にしの

 

 

14

たいにはましてめづらしくおぼえ給ことの

すぢなればあけくれかきよみいとなみおはす。つ

きなからぬわか人あまたあり。さま/\゛にめづら

かなる人のうへなどをまことやいつはりにや

いひあつめたる中にもわがありさまのやう

なるはなかりけりとみ給ふ。すみよしの姫君

のさしあたりけんおもはさるものにていま

世のおぼえもなを心ことなめるに。かぞへのか

みはほど/\しかりけんなどぞ。かのがんが

ゆゝしさをおぼしなぞらへ給ふとのもこなた

かなたにかゝる物どものちりつゝ御めにはなれ

 

ねば。あなむつかし。女こそ物うるさからず人に

あざむかれんと生れたる物なれ。こゝらのなか

にまことはいとすくなからんを。かつしる/\かゝる

すゞろごとにこゝろをうつしはかられ給ひて。あ

つかはしきさみだれのがみのみだるゝもしらで

かき給よとてわらひ給ふものから。またかゝる

よのふる事ならではけになにをかまきるゝこと

なきつれ/\をなぐさめまし。さてもこのいつは

りどもの中に。げにさもあらんとあはれを見

せつき/\しうつゞけたる。いたはかなしごとゝ

しりながら。いたつらに心うごきらうたけなる

 

 

15

ひめぎみの物おもへるみるに。かた心つくかしまた

いとあるまじきことかなとみる/\おどろ/\し

くとりなしけるが。まおとどきてしづかにまた

きくたびぞにくけれど。ふとおかしきふしあ

らはなるなどもあるべし。このごろおさなき人

の女かたなどにとき/\゛よまするをたちきけば。

物よくいふものゝよにあむべきかな。そゝことをよ

くしあんれたるくちつきよりぞ。いひいだすらんと

おぼゆれど。さしもあらじやとの給へば。げにい

つはりなれたる人やさま/\゛にさもくみ侍らん

たゞいとまことの事とこそ思ひ給へられけれ

 

とて。すゞりをしやり給へば。こちなくも聞え

おとしてけるかな。神代より世にある事を

しるしをきけるなゝり。日本記などはたゞかた

そはぞかし。これらにこそみち/\しくくはし

きことはあらめとてわらひ給ふその人のうへ

とてありのまゝにいひいづることこそなけれ。よ

きもあしきも世にふる人のありさまのみる

にもあかずきくにもあまることを後の世にも

いひつたへさせまほしきふし/\゛を心にこめがたく

ていひをきはじめたるなり。よきさまにいふ

とてはよき事のかぎりをえりいで人にした

 

 

16

がはんとては又あしきさまのめづらしき事を

とりあつめたるみなかた/\につけてこのよの

ほかのことならずかし。人のみかどのざみつくり

やうかはれるおなじ。やまとのくにのことな

れどむかしいまのにかはるなるべし。ふかきこと

あさきことのけぢめこそあらめひたふるにそら

ことくいひはてんも。ことの心たがひてなんあり

ける。仏のいとうるはしき心にてときをき

給へる御法も。方便といふ事ありてさとりな

き物は爰かしこたがふうたがひををきつべく

なん方等経の中におほかれど。いひもてゆけば

 

ひとつむねにてぼだいとぼんなうとのへだゝり

なん。此人のよきあしきばあkりのことはかはり

ける。よくいへばすべてなにごともむなしからず

なりぬやと物語をいとわざとのことにの給ひ

なしつ。さてかゝるふることの中にまろがやうに

じほうなるしれものゝ物語はありや。いみじうけ

どをき物の姫君も御心のやうにつれなくそら

おぼめきしたるは世にあらじな。いさたぐひなき

物がたりにしてよにつたへさせんとさしより

て聞え給へば。かほをひきいれてさらずともか

くめづらかなる事はよがたりにこそはなり侍

 

 

17

ぬべかんめれとの給へば。めつらかにやおぼえ給ふ

げにこそまたなき心ちすれとてよりい給へる

さまいとあされたり

 (源)おもひあまりむかしのあとをたづねれどお

やにそむけるこぞたぐひなきふけうなるは

ほとけのみちにもいみじくこそいひたれとの

給へど。かほももたげ給はねば御ぐしをかきやり

つゝいみじううらみ給へばからうして

 (玉)ふるきあとをたづぬれどげになかりけりこ

の世にかゝるおやの心いと聞え給ふ心はづかし

ければいといたくもみだれ給はずかくしていか

 

なるべき御ありさまならん紫のうへも姫君の

御あつらへにことつけて。ものがたりはすてがたく

おぼしたり。こまのゝ物語のえもてあるをいと

よくかきたる絵かなとて御らんず。ちいさき女

君のなにごゝろもなくて日るねし給へるとこ

ろを。むかしのありさまおほしいて女君は見た

まふ。かゝるわらはどちだにいかにざれたりけん。ま

ろこそなをためしにしつべく心のとけさは人

ににざりけれときこえいで給へり。げにたくひ

おほからぬことゞもはこのみあつめ給へりけりかし

姫君のおまへにてこのよなれたる物がたりなど

 

 

18

な。よみきかせたまひそ。みそかごゝろつきたる

ものゝむすめなどはおかしとにはあらねば。かゝる

事世にはありけりとみなれたまはむぞゆゝし

きやとの給もこよなしと。たいの御かたきゝ給

はゞ心をき給つべくなん。うへ心あさげなる人ま

ねどもはみるにもかたはらいたくこそ。うつほの藤

はらの君のむすめこそ。いとをもりかにはか/\゛

しき人にやあやまちなかめれとすぐよかに

いひいでたるしわざも女しき所なかんめる

そ。ひとやうなめるとの給へばうつゝの人もさぞ

あるべかめるひと/\しくたてたるおもむき

 

ごとにてよきほどにかまへぬや。よしなからぬお

やの心とゞめておほしたてたる人のこめかしき

をいけるしるしにて。をくれたることおほかるはな

にわざをしてかしづきぞやと。おやのしわざ

さへおもひやらるゝこそいと口おしけれ。げにさいへ

ど。その人のけはひよとみえたるはかひあり。お

もだゝしかし。ことばのかぎりまばゆくほめをき

たるにしいでたるわざいひ出たることの中に

げにとみえ聞ゆる事なきいと見をとりする

わざなり。すべてよからぬ人にいかで人ほめさせじ

などたゞこの姫君のてんつかれ給ふまじくと

 

 

19

よろづにおぼしの給。まゝ母のはらきたなき

むかし物語もおほかるを。心みえに心づきなし

とおぼせば。いみじくえりつゝなんかきとゝのへ

させえなどにもかゝせ給ひける。中将の君をこ

なたには。けどをくもてなしきこえ給へれど

ひめきみの御かたにはさしはなち聞え給はず

ならはし給ふ。わがよのほどはとてもかくても

おなじことなれど。なからんよを思ひやるに。な

をみつぎ思ひしみぬる事どもこそとりわき

てはおぼゆべけれとて。みなみおもてのみすのうち

はゆるし給へり。だいばん所の女房の中はゆるし

 

給はず。あまたおはせぬ御なからひにていとやん

ごとなくかしづき聞え給へり。おほかたの心もち

いなどもいともの/\しくまめやかにものし

給ふ。きみなればうしろやすくおぼしゆづれり。

まだいはけたる御ひいなあそびなどのけはひ

のみゆれば。かの人のもろともにあそびてすぐしゝ

とし月のまづおもひいでらるれば。ひいなのとのゝ

宮づかへいとよくし給ひており/\にうちしほたれ

給ひけり。さも有ぬべきあたりにははかなしご

ともの給ひふるゝはあまたあれど。たのみかく

べくもしなさず。さるかたになどかはみつらんと

 

 

20

心とまりぬべきをしいてなをさりごとにし

なして。猶かのみどりの袖をみえなをして

しがなと思ふ心のみぞ。やん事なきふしには

とまりける。あながちになどかゝづらひまどはゞ

たふるゝかたにゆるし給ひもしつべかんめれど。

つらしと思ひしおり/\いかで人にもことはらせ

奉らんと思ひをきしこと忘れかたくて。さうじ

みばかりにはをろかならぬあはれをつくし見せ

て。おほかたにはいられ思へらず。せうとの君達

なども。なまねたしなどのみ思ふことおほかり。

たいの姫君の御ありさまを右中将はいとふ

 

かく思ひしみて。いひよるたよりもいとはかな

ければこの君をぞかこちよりけれと。人のうへ

にてはもどかしきわざなりけりとつれなく

いらへてぞ物し給ひける。むかしのちゝおとゞ

たちの御なからひににたり。うちのおとゞは御こど

も。はら/\゛いとおほかるにそのおひ出たるおぼえ

人がらにしたかひつゝ心にまかせたるやうなる

を御いきほひにてみななしたて給。女はあまた

もおはせぬを女御もかくおぼしことのとゞこほ

りたまひ。姫君もことたがふさまにて物し給

へばいと口おしとおぼす。かのなでしこを忘れ

 

 

21

給はず。ものゝおりにもかたりいで給し事

なれば。いかになりにけん物はかなかりけるおや

の心にひかれてらうたげなりし人をゆくえし

らずなりにたる事すべて女ごといはんものなん。

いかにも/\めはなつまじかりける。さかしらに

わが子といひてあやしきさまにて。はふれや

すらん。とてもかくても聞えいでこはとあはれに

おぼしわたる。君だちにももしさやうなるな

のりする人あらばみゝとゞめよ。心のすさひに

まかせてさるまじきこともおほかりしなか

にこれはいとしかをしなべてのきはにもおもは

 

ざりし人の。はかなき物うんじをしてかくす

くなかりけるものゝくさばひひとつをうし

なひたる事の口おしき事とつねにの給ひ

いづ。なかごろなどはさしもあらずうちわすれ給

けるを。ひとのさま/\゛につけて女ごがしづき

給へるたぐひどもにわがおもほすにしもかな

はぬいと心うくほいなくおぼするなりけり。夢見

給ひていとよくあはする物めしてあはせさ

せ給ひけるにも。とし頃御心に忘れ給はぬ御こ

を。人のものになしてきこしめしいでんやとき

こえたりければ。女ごの人の子になる事はおさ/\

 

 

22

なしかし。いかなる事にあからんなど此頃ぞ

おぼしの給ふべかむめる

 

 

 

 

 

 


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