読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567585
1
かゝり火
2
このごろ世の人のこと草に内のおほい藤の
いま姫君とことにふれつゝいひちらすを源
氏のおとゞきこしめしてともあれかくもあ
れ人みるまじくてこもりいたらん女ごを。な
をさりのかごとにてもさばかりに物めかし出
て。かく人に見せいひつたへらるゝこそ心得ぬ
事なれ。いときは/\しく物し給あまりに
ふかき心をもたづねず。もていでゝ心にもかな
はねばかくはしたなきなるべし。よろづのこと
もてなしからこそなだらかなるものなめれと
いとおしがり給。かゝるにつけてもげによくこそ
3
とおやときこえしながらも。とし頃の御こゝろを
しり聞えず。なれ奉らましかばはぢがま
しきことやあらましとたいのひめ君おぼし
しるを。右近もいとよく聞えしらせけり。にく
き御心こそしひたれど。さりとて御心のまゝに
をしたちてなどももてなし給はず。いとゞ
ふかきみ心のみまさり給へばやう/\なつ
かしううちとけ聞え給ふ。秋になりぬはつ
かせすゞしくふき出て。せこがこゝろもゝうちさ
びしき心ちし給に。忍びかねつゝいとしば/\
わたり給ておはしましくらし。御ことなども
ならはし聞え給ふ五日の夕月夜はとく
いりてすこし雲がくるゝけしき。おぎのをとも
やう/\哀なるほどになりにけり。御ことをま
くらにてもろともにそひふし給へり。かゝるた
ぐひあらんやと打なげきがちにて夜ふかし
給も人のとがめたてまつらんことをおぼせばわ
たり給なんとて。おまへのかゞり火のすこし
きえがたなるを。御ともなる右近のたいふをめ
して。ともしつけさせ給。いとすゞしげなる
やり水のほとりに。けしきことにひろこりふし
たる。まゆみのきのしたに。たちまつおどろ/\
4
しからぬほどにをきて。さししりぞきてとも
したれば。御前のかたはいとすゞしくおかしきほ
どなるひかりに。女の御ありさまみるにかひあ
り。御くしのてあたりなどいとひやゝかにあて
はかなる心ちしてうちとけぬさまに物を
つゝましとおぼしたるけしきいとらうたげ
なり。かへりうくおぼしやすらふ。たえず人さふ
らひてともしつけよ。夏の月なき程は庭の
ひかりなきいと物むつかしくおぼつかなしや
との給ふ。
(源)かゝり火に立そふ恋のけふりこそよには
たえせぬほのほなりけれいつまでとかやふす
ぶるならでもくるしき下もえなりけりとき
こえ給ふ。女君あやしのありさまやとおぼ
すに
(玉)ゆくえなき空にけちてよかゞり火のたより
にたぐふけふりとならば人のあやしと思ひ
侍らんことゝわび給へばくはやとていで給ふに。
ひんがしのたいのかたにおもしろき笛のねさう(笙)
にふきあはせたり。中将の例のあたりはなれ
ぬどちあそぶにぞ有ける。頭中将にこそあなれ
いとわざともふきなるねかなとてたちとまり
5
給ふ。御せうそここなたになんいとかげすゞし
きかゞり火にとゞめられて物するとの給へれば。
うちつれて三人まいり給へり。風のをと秋に
なりにけりと聞えつる笛のねに忍ばれで
なんとて御ことひき出てなつかしき程にひき
給。源中将(夕霧)はばんしきでう(盤渉調ばんしきじょう)にいとおもしろく
ふきたり。頭中将心づかひしていだしたてかた
うす。をそしとあれば。弁の少将拍子うちいでゝ
しのびやかにうたふこえすゝむしにまがひた
り。ふたかへりばかりうたはせ給ひて。御ことは
中将にゆづらせ給ひつげにかのちゝおとゞの御
つまをとにおさ/\をとらず。はなやかにおもし
ろし。みすのうちに物のねきゝわく人物し
給ふらんかし。こよひはさかづきなど心してを。
さかりすぎたる人はえひなきのついでにしの
ばぬ事もこそとの給へば。ひめぎみもげにあ
はれときゝ給ふ。絶せぬ中の御契りをろかな
るまじき物なればにや。このきんだちを人し
れずめにもみゝにもとゞめ給へどかけて。さだに
おもひよらず。此中将は心のかぎりつくして思ふ
すぢにぞかゝるついでにも。え忍びはつまし
き心ちすれど。さまよくもてなしおさ/\
6
心とけてもかきわたさず