Quantcast
Channel: 仮想空間
Viewing all articles
Browse latest Browse all 121

源氏物語(四十九)宿木

$
0
0

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567608

 

1

やとり木

 

2

そのころ藤つぼと聞ゆるは。故左大臣とのゝ女御になん

おはしける。まだ春宮と聞えさせしとき。人より

さきにまいり給にしかば。むつましう哀なるかた

の御思ひはことにものし給めれど。其しるしとみゆる

ふしもなくてとしへ給に。中宮には宮たちあさへあま

たこゝらおとなび給ふめるに。さやうの事もすくな

くてたゞ女宮ひと所ぞもち奉り給へりける。わが

いとくちおしく人にせさせたてまつりぬるすくせ

なげかしくおぼゆるかはりに。この宮をだにいか

にゆくすえの心なぐさむばかりにてみたてまつらんと

かしづき聞え給事をろかならず。御かたちもいとお

 

 

3

かしくおはすれば。みかどもらうたきものに思聞え

させ給へり。女一宮をよにたぐひなき物にかしづきき

こえさせ給に。おほかたの世のおぼえこそをよぶべう

もあらね。うち/\の御ありさまはおさ/\おとらず。ちゝ

おとゞの御いきほひいかめしかりしなごりいたく

おとろへねば。ことに心もとなきことなとなくてさふ

らふ。人々のなりすがたよりはじめたゆみなく時々

につけつゝ。とゝのへこのみいまめかしくゆへ/\しき

さまにもてなし給へり。十四になり給ふとし。御裳き

せたてまつりたまはんとて。春よりうちはじめて

こと事なくおぼしいそぎて。なにごともなべてなら

 

ぬさまにとおぼしまうく。いにしへよりつたはりたり

にけるたから物ども。このおりにこそはとさがし出つゝいみ

じくいとなみ給に女御夏ごろ物のけにわづらひた

まふていとはかなくうせ給ぬ。いふかひなく口おしき

ことを内にもおぼしなげくこゝろばへなさけ/\し

くなつかしき所おはしつる御かたなれば。殿上人どもゝ

こよなくさう/\゛しかるべきわざかなとおしみ聞ゆ。

おほかたさるまじき女官まどまで忍び聞えぬはな

し。宮はましてわかき御心ちに心ぼそくかなしく

おぼし入たるをきこしめして心ぐるしくあはれ

におぼしめさるれば。御四十九日すぐるまゝにしのび

 

 

4

てまいらせたてまつり給へり。日々にわたらせ給つゝ

見奉らせくろき御ぞにやつれておはするさま。い

とゞらうたけにあてなるけしきまさり給へり。御

心ざまもいとよくおとなび給て。はゝ女御よりも今

すこししづやかにおもりかなるところはまさり給

へるを。うしろやすくは見奉らせ給へど。まことには御

はゝかたとてもうしろ見とたのませ給べき御お

ぢなどやうのはか/\゛しき人もなし。わづかに

大蔵卿。すり(修理)のかみなどいふは女御にもことはら(異腹)なり

ける。ことに世おおぼえおもりかにもあらず。やんご

となからぬ人々をたのもし人にておはせんに。女

 

は心ぐるしき事おほかりぬべきこそいとおかしげ

れなど御心ひとつなるやうにおぼしあつかうも

やすからざりけり。午前の菊うつろひはてゞさかり

なるころ。そらのけしきのあはれにうちしぐるゝ

にも。まづこの御かたにわたらせ給てむかいsの事

などきこえさせ給に。御いらへなどもおほとかなる

ものから。いはけなからずうち聞えさせ給を。うつくし

く思聞えさせ給。かやうなる御さまをみしりぬべ

からん人のもてはやし聞えんもなどかはあらん

朱雀院の姫宮を六条院にゆづりきこえ給ひし

おりのさだめともなどおぼしいづるに。しばしはい

 

 

5

でやあかずもあるかな。さらでもおぼしなましと聞

ゆる事どもありしかど。源中納言の人よりことなる

ありさまにて。かくよろづをうしろみたてまつるにこ

そ。そのかみの御おぼえをとろへず。やん事なきさま

にてはながらへ給めれ。さらずは御心よりほかなること

どもゝいできて。をのづから人にかろめられ給こともや

あらましなどおぼしつゞけて。ともかくも御らんずる

よにや。思さだめましとおぼしよるには。やがてその

ついでのまゝにこの中納言よりほかによろしかる

べき人またなかりけり。宮たちの御かたはらにさし

ならべたらんに。なにごともめざましくはあらじを

 

もとより思ふ人もたりとてきゝにくき事うちま

すまじくはたあめるをついにはさやうのことなく

てしもえあらじ。さらぬさきにさもやほのめかして

ましなどおり/\おぼしけり。御碁などうたせ

給暮ゆくまゝにしくれおかしきほどにて。花の

いろも夕ばへたるを御らんじて人めして。たゞい

ま殿上にはたれ/\かととはせ給ふに。中務のみこ。かん

づけのみこ(上野親王)。中納言みなもとの朝臣さふらふとそう

す。中納言朝臣こなたへとおほせごとありてまい

り給へり。げにかくとりわきてめしいいづるもかひ

ありて。とをくよりかほれるにほひよりはじめ。人に

 

 

6

ことなるさまし給へり。けふの時雨つねよりことに

のとかなるを。あそびなどすさまじき方にていと

つれ/\なるを。いたづらに日ををくるたはふれにてこれ

なんよかるべきとて。御ばんめし出て御五(碁)のかたき(敵)

にめしよす。いつもかやうのけぢかくならしまつはし

給にならひわたれば。さにこそはと思ふに。よきのり(賭)

物はありぬべけれどかる/\゛しくはえわたすまじき

を。なにをかいなどの給はする御けしきいかゞみゆらん

いとゞ志つかひしてさふらひ給ふ。さてうたせ給に三

ばんにかずひとつまけさせ給ぬ。ねたきわざかな

とてまづけふはこの花ひと枝ゆるす。との給はすれば。

 

御いらへ聞えさせて。お(下)りておもしろきえだをお(折)りて

まいり給へり

 (薫)よのつねのかきねに匂ふ花ならばこゝろのまゝに

おりてみましをとそうし給へるよういあさからず

みゆ

 (天子:帝)霜にあへずかれにしその(園)ゝ菊なれどのこりの色

はあせすもあるかなとの給はす。かやうにおり/\

ほのめかさせ給御けしきを人づてならずうけ給

りながら。れいの志のくせなればいそがしくしもお

ぼえず。いでやほいにもあらずさま/\゛にいとをしき

人々の御事どもをも聞すぐしつゝ。としへぬるを

 

 

7

今さらにひじりよの物のよにかへりいでむ心ちす

べき事と思ふも。かつはあやしやことさらに心を

つくす人だにこそあなれとは思ながら。后ばらにお

はせばしもとおぼゆる心のうちぞあまりおほけ

なかりける。かゝる事を右の大いとのほのきゝ給て。六

のきみはさりともこのきみにこそはしふ/\なりと

も。まめやかに恨よらばついにはえいなびはてじと

おぼしつるを思ひのほかのこといできぬべかなりと

ねたくおぼされければ。兵部卿のみやはたわざとには

あらねどおり/\につけつゝおかしきさまにきこえ給

事たえざりければ。さばれ(まあ)なをさりのすきにはあり

 

とも。さるべきにて心さだめんとてもなを/\しききは

にくだらんはた。いと人わろくあかぬ心ちすべしなど

おぼしなりにたり。女子うしろめたげなるよのすえ

にて。みかどだにむこもとめ給よに。ましてたゞ人のさ

かりすぎんもあいなしなどそしらはしげにの給て。

中宮をまめやかに恨申給事たびかさなればきこ

しめしわづらひて。いとおしくかくおほな/\思ふ

心ざしてとしへぬるを。あやにくにのがれ聞え給はん

もなさけなきやうならん。みこたちは御うしろみから

こそともかくもあれ。うへの御よもすえになりゆくと

 

 

8

のみおぼしの給めるを。たゝ人こそひとことにさだま

りぬれば又心をわけんこともかたげなめれ。それだにかの

おとゞのまめだちながらこなたかなたうらやみなくも

てなして。

物し給はずやはある。ましてこれは思をき

て聞ゆる事もかなはゞ。あまたもさふらはんになどか

あらんなどれいならずことつゞけてあるべかしくき

こえさせ給を。わが御心にももとよりもてはなれて

はたおぼさぬことなればながちにはなどてかはある

まじきさまにもきこえさせ給はん。たゞいとこと

うるはしげなるあたりにとりこめられて。こゝろやす

くならひ給へるありさまの所せからんことをなまぐ

 

るしくおぼすに。物うきなれどげにこのおとゞにあ

まりえんぜられはてんもあいなからんなどやう/\

おぼしよはりにたるなるべっし。あだなる御こゝろ

なればかのあぜちの大納言の。こうばいの御かたをも

なをおぼしたえず。花紅葉につけて。もの。の給ひわたり

つゝいづれをもゆかしくはおぼしけり。されどそのとし

はかへりぬ。女二の宮も御ぶくはてぬれば。いとゞなにこ

とかははゞかり給はん。さも聞えいでばとおぼしめし

たる御けしきなどつげ聞ゆる人々もあるを。あ

まりしらずがほならんもひが/\しくなめへなり

とおぼしおこして。ほのめかしいらせ給おり/\

 

 

9

もあるに。はしたなきやうはなどてかはあらん。其

ほどにおぼしさだめたなりと。つてにきゝ。みづから御

けしきをも見れど爰とのうちにはなをあかずすき

給にし人のかなしさのみわするべき世なくおぼゆ

れば。うたてかく契りふかくものし給ひける人の。な

どてかはうとくてはすぎにけんと心得がたく思いい

でらる。くちおしきしな也とも。かの御ありさまにす

こしもおぼえたらん人は心もとまりなんかし。むかし

ありけんかうのけふりにつけてだに今ひとたび

たてまつる物にもがなとのみぞおぼえて。やんごとな

きかたざまにいつしかなどいそぐ心もなし。右の

 

大い殿にもいそぎたちて八月ばかりにと聞え給け

り。二条院のたいお御かたには聞給に。さればよ。いかで

かは数ならぬありさまなめれば。かならず人わらへに

うき事いでこんものぞとは思ひ/\すぐしつる世

ぞかし。あだなる御心ときゝわたりしをたのもしげ

なく思ながら。めにちかくてはことにつらげなることも

みえず。あはれにふかきちぎりをのみし給つるを。に

はかにかはり給はんほど。いかゞはやすき心ちはすべ

からむ。たゞ人のなからひなどのやうに。いとしもなご

りなくなどはあらずとも。いかにやすげなきことおほ

からん。猶いとうき身なめれば。ついには山里ずみに

 

 

10

かへるべきなめり。とおぼすにも。やがてあとたえ

なましよりは山がつのまち思はんも人わらへなり

かしと返/\も宮のの給ひをきし事にたがひて。草

のもとをかれにける心がるさをはづかしくもつらくも

思ひしり給。こ姫君のいと。しどけなげに物はかな

きさまにのみ何事もおぼしの給ひしかど。心のそ

このづしやかなる所は。こよなくもおはしけるかな。中

納言の君のいまにわするべき世なく。なげきわたり給

めれど。もしよにおはせましかば又かやうにおぼ

すことはありもやせまし。それをいとふかくいかで

さはあらじと思入給て。とさまかうさまにもてはな

 

れんことをおぼして。かたちをもかへてんとし給ひし

ぞかし。かならずさるさまにてぞおはせまし。今思ふ

にいかにもりかなる御心をきてならまし。なき御

かげどもゝ我をばいかにこよなきあはつけさと見

給ふらんとはづかしくかなしくおぼせど。なにかはか

ひなきものから。かゝるけしきをもみえ奉らんと思

ひかへして。きゝもいれぬさまにてすごしたまふ。宮

はつねよりもあはれになつかしくおきふしかたら

ひ契つゝ。此よのみならずなかきことをのみぞたのめき

こえ給。さるはこの五月ばかりよりれいならぬさまに

なやましくし給ふこともありけり。こちたくく

 

 

11

るしがりなどはし給はねどつねよりも物まいる事

いとゞなく。ふしてのみおはするをまだきやうなる人

ありさま。よくもみしり給へねば。たゞあつきころな

ればかくおはするなめりとぞおぼしたる。さすがに

あやしとおぼしとがむることもありて。もしかな

るぞさる人にこそかやうにはなやむなれなどの給ふお

りもあれど。いとはづかしくし給てさりげなくのみ

もてなし給へるを。さしすぎ聞えいづる人もなければ

たしかにもえしり給はず。八月になりぬれば。その日

などほかよりぞつたへきゝ給ふ。宮はへだてんとには

あらねどいひいでんほど心ぐるしくいとおしくおぼ

 

されて。さもの給はぬを。女君はそれさへ心うくおぼえ給

忍びたることにもあらず世中なべていりたる事

を。そのほどだにの給はぬことゝいかゞうらめしからざらん

かくわたり給ひにしのちは。ことなることなければうちに

まいり給てもよるとまることはことにし給はず。こゝ

かしこの御よがれなどもなかりつるを。俄にいかに思給

はんと心ぐるしきまぎらはしに。このころはとき/\゛

御とのいとて参りなどし給ひつゝ。かねてよりな

らはし聞え給をたゞつらきかたいのみぞ思をかれ給

べき。中納言殿もいと/\おしきわざかなと聞給ふ。

花心におはする宮(匂)なれば。あはれとおぼすともいま

 

 

12

めかしきかたにかならず御心うつろひなんかし。女がた

もいとしたゝかなるわたりにて。ゆるびなくきこえま

つはし給はゞ。月ごろもさもならひ給はで。まつよお

ほくてすぐし給はんこそあはれなるべけれなど思よ

るにつけても。あひなしやわが心よ。なにしにゆづり

聞えけん。むかしの人に心をしめてし後。おほかたの

世をも思はなれてすみはてたりしかたの心もにごり

そめにしかば。たゞかの御ことをのみとさまかうさまに

は思はなら。さすがに人の心ゆるされてあらん事は

はじめより思しほいなかるべしとはゞかりつゝたゞ

いかにしてすこしも哀おおもはれてうちとけ給へ

 

らんかしきをも見んとゆくさきのあらましことお

見思ひつゞけしに。人は心にもあらずもてなして。さす

がに一かたにもえさしはなつまじく思ひ給へるなぐ

さめに。おなじ身ぞといひなして。ほいならうかたに

おもむけ給ひしが。ねたくうらめしかりしかば。まづそ

の心をたがへんとていそぎせしわざぞかし。などあ

ながちにめゝしく物ぐるをしくいてありきたば

かり聞えし程思いづるもいとけしからざりける心

かなと。かへす/\゛ぞくやしき。宮もさりともその程の

ありさまおもひいで給はゞ。わかきかん所をもすこし

ははゞかり給はじやと思ふに。いでやいまはそのおり

 

 

13

の事など。かけてもの給ひいでさめりかし。猶あだ

なるかたにすゝみうつりやすなる人は女のためのみ

もあらず。たのもしけなくかる/\゛しきこともあり

ぬべきなめりかしなどにくゝ思きこえ給。わがま

ことにあまり一かたにしみたる心ならひに。人はいと

こよなくもどかしくみゆるなるべし。かの人をむな

しくみなし聞え給てし後。思ふにはみかどの御

むすめをたまはんとおもほしをきつるもうれしくも

あらず。このきみを見ましかばとおぼゆる心の月日に

そへてまさるも。たゞかの御ゆかりと思ふに思ひはな

れがたきぞかし。はらからといふ中にもかぎりなく

 

おもひかはし給へりしものを。今はとなり給にしは

てにも。とまらん人をおなじことゝ思へとて。よろづは

おもはずなることもなし。たゞかの思ひをきてし

さまをたがへ給へるのみなんくちおしう。うらめしき

ふしにて。この世にはのこるべきとの給ひしものを。あ

まかけりてもかやうなるにつけてはつらしとやみ給ふ

らんなど。つく/\゛と人やりならぬひとりねし給よな/\

は。はかなき風のをとにもめのみさめつゝ。きしかた

ゆくさき人のうへさへあぢきなき世を思めぐらし給。

なげのすさびにものをいひふれけぢかくつかひなら

し給人々の中には。をのづからにくからずおぼさる

 

 

14

もありぬべけれど。まことには心とまるもなきこそさ

はやかなれ。さるはかの君だちの程におとつまじききは

の人々も。ときよにしたがひつゝおとろへて心ぼそ

げなるすさひなるなどを。たづねとりつゝあらせ給ふ

などいとおほかれど。今はと世をのがれてむきはなれん

とき。この人こそととりたてゝ心にとまる。ほだしになる

ばかりなる事はなくてすぐしてんと思ふ心づkらひ

ふかゝりしを。いでさもわろく我心ながらねぢけても

あるかななどつねよりもやがてまどろまずあかし給

へるあしたに。きりのまがきよりはなの色々おもし

ろくみえわたるなかに。あさがほ(朝顔)のはかなげにてまじ

 

りたるを。猶ことにめとまる心ちし給。あくるま(間)さき

て。とか。つねなき世にもなずらふるが心くるしきな

めりかし。かうしもあけなからいとかりそめにうちふ

しつゝのみあかし魂合へば。この花のひらくるほどをも

たゞひとりのみぞ見給ける。人めして北の院にまいらん

に。こと/\しからぬ車さしいでさせよとの給へば。宮

はきのふより内になんおはしますなる。よべ(昨夜)御車

いて(率いて)かへり侍にきと申す。さはれ。かのたいの御方のな

やみ給なるとふらひきこえん。けふはうちにまいるべき

日なれば。日たけぬさきにとの給て。御さうぞくし給ふ。

出給まゝにお(降)りて花のなかにまじり給へるさま。こと

 

 

15

さらにえんだち。色めきてももてなし給はねど。あ

やしうたゞうちみるになまめかしくはづかしげに

ていみじくけしきだつ。いろこのみどもになずらふ

べくもあらず。おのづからおかしくぞみえ給ける。あさ

がほをひきよせ給へる露いたくこぼる

 (薫)けさのまのいろにやめでむをく露のきえぬに

かゝる花とみる/\はるなどひとりごちて。おりても給

へり。をみなへしをばみすぎてぞいで給ひぬる。明は

なるゝまゝに霧だちみちたる空おかしきは。女どち

はしどけなくあさいし給へらんかし。かうっしつまど

うちたゝき。こは(声)づくらんこそうい/\しかるべけれ。

 

朝まだきまだき(来)にけりと思なから人めして

ちうもんのあきたるより見せ給へば。御かうしども

まいりて侍べし。女房の御けはひもし侍りつと

申せば。おりてきりのまぎれにさまよくあゆみい

り給へるを。みやのしのびたる所よりかへり給へるに

やとみるに。霧にうちしめし給へるかほり。れいのい

とさまことに匂ひくれば。なをいとめざましくおは

すかし。心をまりおさめ給へるぞにくきなど。あい

なくわかき人々はきこえあへり。おとろきがほに

はあらず。よきほどにうちそよめきてしとねさし

いでなどするさまもいとめやすし。これにさふらへと

 

 

16

ゆるさせ給ふほどは人々しき心ちすれど。なを

かゝるみすのまへにさしはなたせ給へるうれはしさに

なん。しば/\もえさふらはぬとの給へば。さらはいかゞは侍

べからんなど聞ゆ。北おもてなどやうのかくれぞかし。

かゝるふる人などのさふらはんにことはりなるや。すみ

どころはそれもたゞ御心なれば。うれへきこゆべきにも

あらずとて。なげしによりかゝりておはすれば。例

の人々猶あしこもとに(では直接お出ましに)などそゝのがしきこゆ。も

とよりけはひはやりかにおゝしくなどはものし給

はぬ人からなるを。いよ/\しめやかにもてなしおさ

め給へれば。いまはみづから聞え給ふ事もやう/\う

 

たてつゝましかりしかたすこしづゝうすらぎてお

もなれ給にたり。なやましくおぼさるらんさまもい

かなればなどとひ聞え給へど。はか/\゛しくもいら

へ聞え給はず。つねよりもしめり給へるけしきの

心ぐるしきもあはれにおぼえ給て。こまやかに世

中のあるべきやうなどを。はらからやうのものゝあら

ましやうにをしへなぐさめ聞え給。こえなどもわざ

とに給へりともおぼえざりしかどあやしきまで

たゞそれとのみおぼゆるに。人めみぐるしかるまじくは

すだれもひきあげてさしむかひ聞えまほしく。

うちなやみ給へらんかたちゆかしくおぼえ給も猶

 

 

17

世中にものおもはぬ人はえあるまじきわざにや

あらんとぞ思sられ給ふ。人々しくきら/\しき

かたには侍らずとも。心に思ふ事ありなげかしく

身をもてなやむさまになどはなくて。すぐしつへき

この世とみづから思ひ給へし心もとかなしきこともお

こがましく。くやしきもの思ひをもかた/\゛にやすか

らず思侍るこそいとあいなけれ。つかさ位などいひてだ

いじにすめることはりのうれへにつけてなげき思ふ

人よりも。これやいますこしつみのふかきはまさるらん

などいひつゝ。おり給へる花をあふぎにうちをきて

見い給へるがやう/\あかみもてゆくも中々色あ

 

はひおかしくみゆれば。やをらさしいれて

 (薫)よそへてぞ見るべかりけるしら(白)露の契りかを

きし朝がほの花 ことさらびてしももてなさぬに

露をおとさでも給へりけるよとおかしくみゆるに

をきながらか(枯)るゝけしきなれば

 (中君)きえぬまにかれぬる花のはかなさにをくるゝ露

はなをぞまされる なにゝかゝれるといと忍びて。こと

もつゞかすつゝましげにいひけち給へる程。なをい

とよくに給へる物かなと思ふにも。まつぞかなしき。

秋の空は今すこしながめのみまさり侍るつれ/\゛

のまぎらはしにもとおもうて。さいつ頃うぢに物して侍

 

 

18

りき。庭もまがきもまことにいとゞあれはてゝ侍し

に。たへがたき事おほくなん。古院のうせ給て後。二三

年ばかりのすえに世をそむき給てさがのいんにも

六条院にもさしのぞく人の心おさめんかたなくなん

侍ける。木草のいろにつけてもなみだにくれてのみ

なんかげり侍ける。かの御あたりの人はかみしも心

浅き人なくこそ侍けれ。かた/\゛につどひものせられけ

る人々も皆所々にあかれちりつゝ。をの/\思はなるゝ

すまいをし給めりしに。はかなき程の女ばうなど。は

たまして心おさめんかたなくおぼえ侍けるまゝ

に。物おぼえぬ心ちにまかせつゝ山はやしにいり

 

まじりすゞろなるい中人になりなど哀にまどひ

ちるこそおほく侍けれ。さてなか/\みなあらしはて

忘れぐさおふして後なん。この左のおとゞもわたりす

み。宮たちなどをかた/\゛物し給へば。むかしにかへり

たるやうに侍める。さる世にたぐひなきかなしさと

見給へしことも。とし月ふれば思さ(覚)ます折の。いでく

るにこそはと見侍るに。げにかぎりあるわざなり

けりとなんみえ侍る。かくは聞えさせながらもかの

いにしへのかなしさは。まだいはけなくも侍ける程

にて。いとさしもしまぬ(さほど悲しまぬ:染みぬ))にや侍けん。なをこのちかき

夢こそさますべきかたなく思給へらるゝは。おなし

 

 

19

ことのよのつねなきかなしひなれど。つみふかきかたは

まさりて侍るにやと。それさへなん心うく侍とてな

き給へるほどいと心ふかげなり。むかしの人をいと

しも思ひ聞えざらん人だに。この人の思給へるけし

きをみんには。すゞろにたゞにもあるまじきを。まし

てわれも物を心ぼそく思ひみだれ給につけてはいとゞ

常よりもおもかけにこひしくかなしく思ひ給ふ

心なれば。今すこしもよほされて物もえ聞え給

はず。ためらひかね給へるけはひをかたみにいとあ

はれと思ひかはし給。よのうきよりはなど人はいひ

しとも。さやうに思くらぶる心もことになくて。と

 

しごろはすぐし侍しを。今なん。なをいかでしつか(静か)

なるさまにてもすぐさまほしく思ひ給ふるを。さ

すがに心にもかなはざめるを。弁の尼こそうらやまし

く侍れ。この廿日あまりの程は。かの近きてらの鐘

のこえもきゝわたりさまほしくおぼえ侍るを。忍び

てわたさせ給ひてんやと聞えさせばやとなん思

侍つるとの給へば。あら(荒)さじとおぼすこともいかでかは心

やすきおのこだにゆきゝの程あらましき山地に

侍れば。思ひつゝなむ月日もへだゝり侍。こ宮の御忌日

は。かのあざりにさるべき事ども皆いひをき侍に

き。かしこは猶たうときかたにおぼしゆづりてよ。

 

 

20

時々見給ふるにつけては。心まどひのたへせぬもあ

いなきに。つみうしなふさまになしてはやとなん思

給ふるを。またいかゞおぼしをきつらん。ともかくもさだ

めさせ給はんにしたがひてこそはとてなん。あるべか

らんやうにの給はせよかし。何事もうとからずいせ

給はんのみこそ。ほいのかなふにては侍らめなどま

めだちたることゞもを聞え給ふ。経仏などこのう

へも。くやうし給べきなめり。かやうなるついれにこと

つけてやをらこもりいなばやなどおもむけ給へる

けしきなれば。いと有まじき事なり。なを何ごと

も心のどかにおぼしなせとをしへ聞え給ふ。日さし

 

あがりて人々参りあつまりなどすれば。あまり

ながいもことありがほならんによりて。いで給なん

とていづこにてもみすのとにはならひ侍らねば。はし

たなきこk地し侍てなん。今又かやうにもさふらはん

とてたち給ぬ。みやのなどかなきおりにはきつらんと

思ひ給ひぬべき御心なるもわづらはしくて。さふらひ

のべたうなる。右京のかみ(大夫)めして。よべ(昨夜)まかでさせ給ひ

ぬとうけたまは(承)りて参りつるを。まだしかりけれ

ば口おしきをうちにやまいるべきとの給へば。けふは

まかでさせ給なんと申せば。さらば夕つかたもとて

いで給ぬ。なをこの御けはひありさまをきゝ給ふ

 

 

21

たびことに。などてむかしの人の御心おきてをもて

たがへて。思ひぐま(隈)なかりけんとくゆる心のみまさり

て。心にかゝりたるもむつかしく。なぞや人やりならぬ

心ならんと思返し給。そのまゝにまださうじにて

いとゞたゞおこなひをのみし給つゝあかしくらし給。

はゝ宮の猶いともわかくおほときて。しどけなき

御心にも。かゝる御けしきをいとあやうくゆゝしと

おぼして。いくよしもあらじを見奉らん程は。猶かひ

あるさまにてみえ給へ。世間を思すて給はんをも

かゝるかたちにては。さまたげ聞ゆべきにもあらぬを。

このよのいふかひなき心ちすべき心まどひにいとゞ

 

つみやえんとおぼゆる。との給ふがかたじけなくいと

おしくて。よろづを思けちつゝおまへにては物思

なきさまをつくり給。右のおほい殿には六条院のひん

がしのおとゞみだきしつらひて。かぎりなくよろづを

とゝのへて。まち聞え給ふに。十六日の月やう/\さし

あがるまで心もとなければ。いとしも二心にいらぬことに

ていかならんとやすからずおもほして。あないし給へば。この

 

夕つかたうちより出給て二条院になんおはしますな

ると人申す。おぼす人も給へれればと心やましけれど。こ

よひすぎんも人わらへなるべければ御子の頭中将し

て聞え給へり

 

 

22

 (夕霧)おほ空の月だにやどるわが宿にまつよひすぎ

て見えぬ君かな 宮はなか/\いまなんともみえじ。心

ぐるしとおぼして内におはしけるを。御ふみ聞え給へ

りける。御返りやいかゞ有けんなをいとあはれにおぼさ

れければ。忍てわたり給へりける也。らうたきありさ

をみすてゝ出べき心ちもせずいとをしければ。よろづに

契りなぐさめて。もろともに月をながめておはする

程なりけり。女君は日頃もよろづに思ふことおほかれど。

いかでけしきにいださじとねんじかへいつゝ。つれな

くさまし給事なれば。ことにきゝもとゞめぬさかにお

ほとかにもてなしておはするけしきいと哀なり。中

 

将のまいり給へるを聞給ふて。さすがにかれもいとおしけ

れば出給はんとて。いまいととくまいりこむ。ひとり月な見

給ひそよ。心そらなればいとくるしと聞えをき給て。

なをかたはらいたければかくれのかたよりしん殿にわ

たり給。御うしろてを見をくるに。こもかくもおもはねど

たゞ枕のうきぬべきこゝりすれば心うきものは人の心な

りけりと我ばがら思しらる。おさなき程より心ぼそく

あはれなる身どもにて世の中を思とゞめたるさまにも

おはせざりし。人一ところをたのみ聞えさせて。さる山

里に年へしかども。いつとなくつれ/\゛にすごくあり

ながら。いとかく心にしみて世をうき物とも思しらざり

 

 

23

しに。うちつゞきあさましき御ことゞもを思ひし

ほどは。世にまたとまりてかたときふべくもおぼえずこ

ひしくかなしきことのたぐひあらじと思しを。いの

ちながくて今までもながらふれば。人の思たりしほどよ

りは人かずにもなるやうなるありさまを。なかゝるべき

事ともおもはねども。見るかぎりはにくけなき御心ばへ

もてなしなるに。やう/\思ふ事うすらきてありつ

るを。このふしのみのう(憂)さはた。いはんかたなくかぎり

とおぼゆるわざなりけり。ひたすら世になくなり給ひ

にし人々よりは。さりともこれは時々もなどかはとも

思べきを。こよひかく見すてゝいで給つらさ。きしかた

 

ゆくさきみなかきみだり心ぼそくいみじきか我心な

がら思ひやるかたなく心うくも有かな。をのづからながら

へば。などなぐさめん事を思ふに。さらにおばすて(姥捨)山の月

すみのぼりて。夜ふくるまゝによろづ思みだれ給。松

風の吹くるをともあらましかりし山おろしに思く

らふれば。いとのどかになつかしくめやすき御すまいな

れど。こよひはさもおぼえず。しいのは(椎の葉)のをとにはおと(劣)

りておもほゆ

 (中君)山ざとの松のかげにもかくばかり身にしむ秋の風は

なかりき きしかた忘れにけるにやあらん。おい(老)人どもな

ど。今はいらせ給ひね。月みるはいみ侍る物をあさましく

 

 

24

はかなき御くだ物をだに御らんじいれねば。いかにな

らせ給はむ。あな見ぐるしや。ゆゝしく思出らるゝことも

侍るを。いとこそわりなけれ。などいふ。わかき人々は心

うの世やとうちなげいて。この御ことよ。さりともかうで

をろかにはよもなりはてさせ給はじ。さいへどもとの心ざ

しふかく。思そめつるなかは名残なからぬものぞ。などい

ひあへるも。さま/\にきゝにくゝ。今あひかにも/\か

けていはざらんなん。たゞにこそ見めとおぼさるゝは人に

いはせじ。我ひとり恨聞えんとにやあらん。いでや中

納言殿のさばかりあはれなる御心ふかさを。などそのかみの

人々はいひあはせて人の御すくせのあやしかりけ

 

ることよといひあへり。宮はいと心ぐるしくおぼしなが

ら。いまめかしき御心はいかでめでたきさまにまち思

はれんと心げさうして。えならずたきしめ給へる御け

はひいはんかたなし。まちつけきこえ給へるところの

ありさまもいとおかしかりけり。人のほどさゝやかにあへ

かになどはあらあで。よきほどになりあひたる心ちし給

へるを。いかならんもの/\しくあざやぎて。心ばへもたを

やかなるかたはなく。物ほこりかになどやあらん。さらはこ

そうたてあるべけれなどはおぼせど。さやうなる御けはひ

にはあらぬにや。御心ざしをろかなるべくもおぼされざり

ける。秋の夜なれどふけにしかばにやほどなくあけぬ

 

 

25

かへり給ても。たい(対)へはふともえわたり給はず。しばしおほ

とのごもりて。おきてぞ御文かき給御けしきけしうは

あらぬなめりと御前なる人々つきしろふ。たいの御か

たこそ心ぐるしけれ。添加にあまねき御心ありともを

のづからけをさるゝこともありなんかしなどたゞにしも

あらず。皆なれつかうまつりたる人々なれば。やすから

ず打いふことどもありて。すべて猶ねたけあるわざに

ぞ有ける。御返りもこなたにてこそはとおぼせど。よのほど

のおぼつかなさも常のへだてよりはいかゞと心ぐるしけれ

ば。いそぎわたり給ぬ。ねくたれの御かたちいとめでたく見

所ありて入給へるに。ふしたるもうたてあれば。すこし

 

きあがりておはするに。うちあかみ給へるかほの匂ひな

ど。けさしもことにおかしげさまさりて見えたまふに。

あいなく涙ぐまれてしばしうちまもり聞え給を。は

づかしくおぼしてうちうつぶし給へるかみかゝり

かんざいなどなをいとありがたげなり。みやもなまは

したなきに。こまやかなる事あどはふともえいひいで給

はぬおもかくしにやなど。かくのみなやましげなる

御気色ならん。あつきほどの事とかの給ひしかば。いつ

しかとすゞしきほどまちいでゝも。なをはれ/\しか

らぬは見ぐるしきわざかな。さま/\゛にせさする事もあ

やしくしるしなき心ちこそすれ。さはありともず法

 

 

26

は又のべてこそはよからめ。しるし(験)あらんそう(僧)をかな。なに

がし僧都をぞよい(夜居)にさふらはすべかりけるなどやう

なるまめことをの給へば。かゝるかたにもことよきは心づき

なくおぼえ給へど。むげにいらへ聞えざらんもれいならね

ば。むかしも人にゝぬ有さまにて。かやうなるおりはあり

しかど。をのづからいとよくおこたるものをとの給へば。い

とよくこそさはやかなれど。うちわらひてなつかしくあ

ひ行(愛嬌)つきたるかたこれにならぶ人はあらじかしと思

ながら。なを又とくゆかしきかたの心いられも。おちそ

ひ給へるは御心ざしをろかにもあらぬなめりかし。さ

れど見給ふほどはかはるけぢめもなきにや。後の世

 

までちかひたのめることのつきせぬをきくにつけて

も。げにこのよはみじかゝめるいのちまつまもつらき

こゝろはみえぬべかめれば。のちのちぎりやたがはぬ

事もあらむと思ふにこそ。なをこりずまにまたも

たのまれぬべけれどて。いみじくねんずべかめれど。え

しのびあへぬにや。けふはなき給ぬ。日ごろもいかでかう思

けりとみえ奉らじとよろづにまきらはしつるを。さま/\

に思あつむることしおほかれば。さのみもえもてかっく

さぬにや。こぼれそめてはと見にはえためらはぬを。い

とはづかしくわびしと思ひて。いたくそむき給へば

しいてひきむけ給つゝきこゆるまゝに哀なる御有

 

 

27

さまと見つるを猶へだてたる御心こそありけれな。

さらずはよのほどにおぼしかはりにたるかとて。わか

御袖してなみだをのごひ給へば。よ(夜)のまの心がはりこ

その給につけて。をしはかれ侍ぬれとてすこしほゝ

えみぬ。げにあが君やおさなの御ものいひやな。されどま

ことには心にくさのなければ。いと心やすしいみじくこと

えりして聞ゆとも。いとしかるべきわざぞむげに世

のことはりをしり給はぬこそらうたきものからわり

なけれ。よしわが御身になしてもおもうめぐらし給へ。

身を心ともせぬ有さままり。もし思ふやうなるよも

あらば。人にまさりける心ざしのほどしらせたて

 

まつるべき人ふしなんある。たはやすくこと出べき

ことにもあらねば。いのちのみこそなどのたまふほどに。

かしこにたてまつり給へる御使いたくえひすぎに

ければ。すこしはゞかるべき事どもわすれて。けざやか

にこのみなみおもてにまいれり。あまのかるめづらしき

玉もにかづきうづもれたるを。さなめりと人々見る。

いつの程にいそぎかき給へらんとみるも。やすからずはあ

りけんかし。宮もあながちにかくすべきにはあらねど

さしくみはなをいとおしきを。すこしのよういは

あれかしとかたはらいたけれど。今はかひなければ女房

して御ふみとりいれさせ給ふ。おなじくはへだてなき

 

 

28

さまにもてなしはててんとおもほして。ひきあげ給

へるに。まゝはゝのみやの御手なめりとみゆれば。今

すこし心やすくて打をき給へり。せんじがきにてもう

しろめたさのわざや。さかしらはかたはあらいたさに。そゝの

がし侍れといとなやましげにてなん

 (落葉宮)をみなへししほれぞまさる朝露のいかにをきけ

る名残なるらん あてやかにおかしくかき給へり。かごと

がましげなるもわづらはしや。まことは心やすくてし

ばしはあらんと思ふ世を。思の外にもあるかななどは

の給へど。又ふたつなくてさるべきものに思ひならびた

るたゝ人の中こそ。かやうなることのうらめしさなど

 

もみる人くるしくはあれ。思へば是はいとかた(難)し。ついに

かゝるべき御お事なり。宮たちと聞ゆる中にもすぢこ

とに世の人も思聞えたれば。いくたりも/\え給はん

事。もどき有まじければ人も此御かたいとおしなども

思たらぬなるべし。かばかりもの/\しくかしづきすへ

給て。心ぐるしきかたをろかならずおぼしたるをぞ。さ

いはひおはしけると聞ゆる。みづからの心にもあまりに

ならはし給て。にはかにはしたなかるべきかなげかし

きなめり。かゝるみちをいかなれば浅からず人の思ふらん

と。むかし物語などをみるにも。人のうへにてもあやし

くきゝ思ひしは。げにをろかなるまじきわざなり

 

 

29

けりとわが身になりてぞなにごとも思しられ給ける。

宮はつねよりも哀にうちとけたるさまにもてなし

給て。むげに物まいらざなるこそいとあしけれとて。よ

しある御くだ物めしよせ又さるべき人めしてことさら

てう(調)ぜさせなどしつゝ。そゝのかし聞え給へど。いとは

るかにのみおぼたれば見ぐるしきわざかなとなげ

き聞え給に。くれぬれば夕つかたしん殿へわたり給ぬ。風

すゞしくおほかたのそらおかしきころなるに。いまめか

しきにすゞみ給へる御心なれば。いとゞしくえんなるに

物おおもはしき人の御心のうちはよろづに忍たがきこと

のみぞおほかりける。日ぐらしのなくこえに山のかげの

 

みこひ(恋)しくて

 (中君)おほかたにきかましものを日ぐらしのこえうらめ

しき秋のくれかな こよひはまだふけぬにいで給ふなり。

御さきの越えのとをくなるまゝに。あまもつりするば

かりになるも我ながらにくき心かなと思ふ/\きゝふ

し給へり。はじめより物思はせ給ひし有さまなど

を思ひいづるもうとましきまでおぼゆ。このなやましき

こともいかならんとすらん。いみじくいのちみじかきぞう

なれば。かやうならむついでもやはかなくなりなんと

すらんと思ふにはおしからねどかなしくもあり。又いと

つみふかくもあなる物をなどまどろまれぬまゝに思

 

 

30

あかし給。その日は后の宮なやましげにおはしますと

て。たれも/\まいり給へれど御かせ(風邪)におはしましけ

れば。ことなる事もおはしまさずとて。おとゞはひるま

かで給にけり。中納言のきみさそひ聞え給ひて。ひとつ

御車にてぞいで給にける。こよひのけしきいかならん

きよらをつくさんとおぼすべかめれど。かぎりあらんかし。

この君もこゝろはづかしけれど。したしきかたのおほえは

我かたざまにまたさるべき人もおはせず。ものゝはへ(栄)に

せんに。心ことにはたおはする人なればなめしかし。れい

ならずいそがしくまうで給て。人のうへにみなしたる

をくちおしとも思ひたらず。なにやかやともろ心に

 

あつかひ魂合へるをおとゞは人しれずなまねたしとおぼ

しける。よひすこしすぐるほどにおはしましたり。

しん殿の南のひさしひんがしによりておましまいれ

り。御たい(台)やつ(八つ)。れいの御さら(皿)などうるはしげにきよらに

て。又ちいさきだいふたつに花そく(花足)のさらどもいまめかし

くせさせ給て。もちい参らせ給へり。めづらしからぬ

事かきをくこそにくけれ。おとゞわたり給は夜いたうふ

けぬと女房してそゝのがし申給へど。いとあされてと

みにもいで給はず。北方の御はらからの左衛門督。藤宰相な

どばかり物し給ふ。からうしていで給へる御さまいとみる

かひある心ちす。あるじの頭中将盃さゝげて御だい(台)ま

 

 

31

いるつぎ/\の御かはらけふたゝび三たびまいり給。中

納言(薫)のいたくすゝめ給つるに。宮(匂)すこしほゝえみ給へり。わ

づらはしきわたりをと。ふさはしからず思ていひしを。お

ぼしいづるなめり。されど見しらぬやうにていとまめなり。

ひんがしのたいにいで給て御ともの人々もてはやし

給ふ。おぼえ有てん(殿)上人どもいとおほ(多)かり。四位六人は女

のさうぞくにほそながそへて。五位十人はみへがさねのから

きぬ。ものこし(裳の腰)も皆けぢめあるべし。六位四人はあやの

ほそなが。はかまなど。かつはかぎりあることをあかずお

ぼしければ。物のいろ。しざまなどをぞきよらをつく

し給へりける。めしつぎとねりなどの中にはみだり

 

がはしきまでいかめしくなんありける。げにかくに

ぎはゝしくはなやかなる事はみるかひあれば物語な

どにもまづいひたてたるにやあらん。されどくはしうは

えぞ。かぞへたてざりけるとや。中有納言殿御前のなか

に。なまおぼえあざやかならぬや。くらきまぎれに

たちまじりたりけん。かへりてうちなげきて。わが

とのゝなどかおひらかに此殿の御ひとりずみなりやと。

ちうもんのもとにてつぶやきけるをきゝつけ給て

おかしとなんおぼしける。依るのふけてねふたきに。かの

もてかしづかれるつ人々は心ちよげにえひみだれて

 

 

32

よりふしぬらんかしとうらやましきなめりかし。

君はいりてふし給て。はしたなげなるわざかな。こと/\

しげなるさましたる親のいていてはなれぬなからひ

なれど。これかれ火あかくかゝげてすゝめきこゆるさか

づきなどを。めやすくもてなし給めりつるかな。と宮

の御ありさまをめやすく思い出たてまつり給ふ。け

に我にてもよしと思ふ女子もたらましかば。この宮

とをきたてまつりてうちにだにえまいらせざらまし

と思ふに。たれも/\宮に奉らんと心ざし給へるむす

めは。なを源中納言にこそととり/\゛にいひならふな

るこそわがおぼえのくちおしくはあらぬなめりな。

 

さるはいとあまりよづかずふるめきたるものをなど

心をおごりせらる。うちの御けしき有ことまことに

おぼしたらんに。かくのみ物うく覚えば。いかゞすべか

らむ。おもだゝしきことにはありとも。いかゞはあらん。いか

にぞ故君にいとよくに給へらんときに。うれしからん

かしと思いよらるゝは。さすがにもてはなるまじき心

なめりかし。れいのねざめがちなるつれ/\゛なれば。あ

ぜち(按察使)のきみとて人よりはすこし思まし給へるが。

つぼねにおがしてその依るはあかし給つ。あけ(明け過ぎ)たらむ

と(を)。人のとがむべきにもあらぬに。くるしげにいそぎおき

給を。たゞならず思ふべかめり

 

 

33

 (按察使君)うちわたし世にゆるしなきせき川をみなれど

めけん名こそおしけれ いとおしければ

 (薫)ふかゝらずうへはみゆれどせき川のしたのかよひは

たゆる物かは ふかしとの給はんにてだにたのもし

げなきを。このうへのあさゝは。いとゞ心やましうおぼゆ

らんかし。つま戸ををしあけてまことはこの空見た

まへ。いかでかこれをしらずがほにてはあ(明)かさんとよ。えん

なる人まねにてはあらで。いとゞあかしがたくなり行

よな/\のねざめには。此世かの世までなん思やられて

哀なるなどいひまぎらはしてぞ出給ことにおかしき

ことの数をつくさねど。さまのなまめかしき見なしにや

 

あらん。なさけなくなどは人に思はれ給はず。かり初

のたはふれごとをもいひそめ給へる人のけぢかくて

見奉らばやとのみ思聞ゆるにや。あながちに世をそむ

き給へる宮の御方に。えんをたづねつゝまいりあつま

りてさふらふも。哀なづ事ほど/\につけつゝおほか

るべし。宮は女君の御有さま。ひる(昼)み(見)聞え給にいとゞ

御心さしまさりけり。おほきさよきほどなる人の

やうだいいときよげにて。かみのさがりは。かしらつき

などぞ物よりことにあなめでたとみえ給ける。色あ

ひあまりなるまで匂ひて。もの/\しくけたかき

かほのまみいとはづかしげに。らう/\しくすべてなに

 

 

34

ごともたらひて。かたちよき人といはんにあかぬ所なし。

廿(はたち)にひとつ二(ふたつ)ぞあまり給へりける。いはけなきほどな

らねばかたなりにあかぬ所なく。あざやかにさかりの花

とみえ給へり。かぎりなくもてかしづき給へるに。かた

ほならずげにやおやにては心もまどはし給つべかりけり。

たゞやはらかにあい行(愛嬌)づきらうたき事は。かのたいの御

かたはまづおもほしいでられける。物の給ふいらへなど

もはぢらひたれど。又あまりおぼつかなくはあらず。す

べていと見所おほくかど/\しげ也。よきわかう人(若人)ども

三十人ばかり。わはら六人かたほなるなく。さうぞくな

どもれいのうるはしき事はめなれておぼさるべかめ

 

れば。ひきたがへ心得ぬまでこのみぞあし給へる。二條どの

ばらのおほい君を春宮に参らせ給へるよりも。この御

ことをはことに思いをきて聞え給へるも。宮の御おぼえ

ありさまからなめり。かくてのち二条院にえ心やすく

わたり給はず。かろらかなる御身ならねばおぼすまゝに

ひるのほどなどもえいでたまはねば。やがておなじみ

なみのまちにとしごろありしやうにおはしまして

くるれば。またえひきよぎてもわたり給はずなどし

て。まちどをなるおり/\あるを。かゝらんとすることゝ

は思しかど。さしあたりてはいとかくやは名残なかるべ

き。げに心あらん人はかずならぬ身をしらで。まじらふ

 

 

35

べきにもあらざりけりと。返/\も山ぢわけいでけん

ほど。うつゝともおぼえずくやしくかなしければ。猶

いかでしのびてわたりなん。むげにそむくさまには

あらずとも。しばし心をもなぐさめばやにくげにもて

なしなどせばこそうたてもあらめなど。心一(ひとつ)に思あま

りてはづかしけれど中納言どのにふみ奉れ給ふ。一日(ひとひ)

の御事はあざりのつたへたりしに。くはしくきゝ侍

にき。かゝる御心のなごりなからましかば。いかにいとお

しくも思給へらるゝにも。をろかならずのみなん。さり

ぬべくはみづからもと聞え給へり。みちのくにがみ(陸奥紙)にひき

かゝろはず。まめだちかき給へりしも。宮の日にいとたう

 

とくせさせ給へりけるを。よろこび給へるさまのおどろ/\

しくはあらねど。げに思しり給へるなめりかし。れ

いはこれよりたてまつる御返をだにつゝましげにお

もほして。はか/\゛しくもつゞけ給はぬをみづからとさ

への給へるがめづらしくうれしきに。心ときめきもし

ぬべし。みやのいまめかしくこのみたち給へる程にて

おぼしおこたりけるを。げにこゝろぐるしくをしは

からるれば。いとあはれにておかしやかなることもなき

御文をうちもをかず引返し/\みい給へり。御返りうけ

給はりぬ。一日はひじりたちたる様にてことさらに

忍びはへしも。さ思ひ給ふるやう侍るころおひにて

 

 

36

なん。なごりとの給はせたるこそすこしあさくなり

にたるやうにとうらめしく思ふ給へらるれ。よろづ

はさふらひてなんあなかしことすくよかにしろき

しきしのこは/\゛しきにてあり。さて又の日のゆふつ

かたぞわたり給へる。人しれず思う心しそひたれば

あいなく心づかひいたくせられて。なよゝかなる御ぞども

をいとゞにほはしそへ給へるは。あまりおどろ/\しき

まであるに。丁子ぞめのあふぎのもてならし給へる

うつりかなどさへたとへんかたなくめでたし。女きみも

あやしかりよの事など思ひいで給おり/\な

きにしもあらねば。まめやかにあはれなる御心ばへの

 

人に似ずものし給ふをみるにつけても。さてあらましを。

とばかりはおもひやし給ふらん。いはけなきほどにしお

はせねば。うらめしき人の御有さまを思ひくらぶるには。

なに事もいとゞこよなく思しられ給にや。つねにはへた

ておほかるもいとおしく物思しぬさまに思給らんな

どおもひh給て。けふはみすの内にいれ奉り給ふて。もやの

すだれに木帳そへて我はすこしひきいりてたいめん

し給へり。わざとめしと侍らざりしかど。れいならずゆる

させ給へりしよろこびに。すなはちもまいらまほしく

侍しを宮わたらせ給とうけたまはりしかはおりあし

くやはとてけふになし侍り。さるはとしごろのしるしも

 

 

37

やう/\あらはれ侍るにや。へだてすこしうすらぎ侍

にけるみすのうちよ。めづらしく侍るわざかなとの給

に。なをいとはづかしくいひいでんことばもなき心ちす

れど。一日うれしくきゝ侍し心のうちをれいのたゞ

むすぼゝれながらすぐし侍りなば。思しるかたはしを

だにいかでかはと口おしさにと。いとつゝましげにの給

げいたくしぞきてたえ/\゛ほのかに聞ゆれば。心もと

なくていととをくも侍るかな。まめやかに聞えさせう

け給はらまほしき世の御物語もはべる物をとのた

まへば。げにとおぼしてすこしみじろきより給ふけ

はひを聞給ふにも。ふとむねうちつぶるれど。さりげ

 

なくいとゞしづめたるさまして宮の御心ばへ思はずに

あさうおはしけるとおぼし。かつはいひもうとめ。又なぐ

さめも方々にしづ/\と聞え給つゝおはす。女君は人の

御うらめしさなどは打いでかたらひ聞え給べきことにも

あらねば。たゞ世やはうきなどやうにおもはせてことずく

なにまぎらはしつゝ。山ざとにあからさまにわたし給へ

とおぼして。いとねんごろに思ての給。っそれはしも心ひと

つにまかせてはえつかうまつるまじきことに侍なり。

なを宮(匂)にたゞ心うつくしく聞えさせ給てかの御けし

きにしたがひてんにょく侍るべき。さらばはすこしも

たがひめありて心がえおくもなどおぼし物せんに。いとあ

 

 

38

しく侍りなん。さだに(さように)あるまじくはみちのほども御

をくりむかへも。おりたちてつかうまつらんに。何のはゞ

かりかは侍らん。うしろやすく人に似ぬ心のほどは宮もみ

なしらせ給へりなどはいひながら。おり/\は過にしかた

のくやしさをわするゝ折なく物いもがなやととりかへさ

まほしきとほのめかしつゝやう/\くらうなりゆく

までおはするに。いとうるさくおぼえてさらばこゝち

もなやましくのみ侍るを。又よろしく思ひ給へらん

程に。なに事もとていり給ぬるけしきなるがいと口

おしければ。さてもいつばかりおぼしたつべきにか。いと

しげく侍しみちのくさもすこしうちはらはせ侍

 

らんかしと聞え給へば。しばしいりさしてこの月はす

ぎぬめればついたちのほどにもとこそは思侍れ。たゝいと忍

びてこそよからめ。なにかよのゆるしなどこと/\しく

との給こえの。いみじくらうたげなるかなとつねより

もむかし思いでらるゝに。えつゝみあへでいたまへるは

しらの本のすだれのしたよりやをらをよびて。御

袖をとらへつ。女さかりやあな心うと思になに事かはい

はれん。ものもいはでいとゞひきいり給へば。それにつき

ていとなれがほになからば内にいりてそひふし給へ

り。あらずや忍びてはよかるべくおぼすことも有けるが

うれしきは。ひがみゝ(耳)かと聞えさせんとぞうと/\しく

 

 

39

おぼすべきにもあらぬを。心うの御けしきや。と恨給へ

ばいらへすべき心ちもせず。おもはずにくゝ思ひな

りぬるをせめて思しづめて。思の外也ける御心の程か

な。人の思ふらんことよ。あさまし。とあばめてなきぬべ

きけしきなる。すこしはことはりなればいとおしけ

れど。これはとがあるばかりの事かは。かばかりのたいめん

はいにしへをもおぼし出よかし。すきにし人の御ゆる

しもありし物を。いとこよなくおぼしけるこそ中々

うたてあれ。すき/\゛しくめざましき心はあらじと

心やすくおぼせとて。いとのどやかにもてなし給へれ

ど。月ごろのくやしと思わたる心のうちのくるしき

 

までないりゅくさまをつく/\゛といひつゞけ給ふて。うゆる

すべきけしきにもあらぬに。せん方なくいみじとも

よのつねなり。中々むげに心しらざらん人よりも。

はづかしく心づきなくてなき給ぬるを。こは。なぞ。あ

な。わか/\し。とはいひながらいひしらずらうたげに心

ぐるしきものから。よういふかくはづかしげなるけはひ

などの。見しほどよりもこよなくねびまさり給ふに

けるなどをみるに。心からよそ人にしなしてかくやす

からずものを思事と。くやしきにも又げにねはなかれ

けり。ちかくさふらふ女房ふたりばかりあれど。すゞろな

るおとこのうちいりきたらばこそは。いかなる事ぞと

 

 

40

もまいりよらめ。うとからず聞えかはし給御なからひ

なめれば。さるやうこそはあらめと思ふに。かたはらいた

ければやをらしぞきぬるぞ。いとおかしきや。おとこぎみは

いいしへをくゆる心のしのびがたきなどもいとしづめがた

かりぬべかめれど。むかしだにありかたかりし御心のようい

なれば。なをいと思ひのまゝにもてなし聞え給はざ

りけり。かたうのすふぃはこまかにもえなんまねびつゞけ

ざりける。かひなき物から人めのあいなきを思へば。よ

ろづに思返していで給ぬ。まだよひと思つれどあか月

ちかうなりにけるを。見とがむる人もやあらんとわづら

はしきも女の御ためのいとをしきぞかし。なやまし

 

げにきゝわたりたる御心ちはことはりなりけり。いと

はづかしとおぼしたりつるこしのしるしにおほく

は心ぐるしくおぼえてやみぬるかな。例のおこかまし

の心やと思へど。なさけなからん事はなをいとほいなか

るべし。又たちまちの我心のみだれにまかせて。あなが

ちなる心wつかひて後心やすくしもあらさらん物か

ら。わりなく忍ありかん程も心づくしに女の方/\お

ぼしみだれん事よなどさかしく思にせかれば。いまの

まもこひしきぞわりなかりける。さらにみではえ

まじくおぼえ給も返す/\あやにくなる心なりや。昔

よりはすこしほそやぎて。あでにらうたげなりつる

 

 

41

けはひなどはたちはなれたりともおぼえす。身に

そひたるこゝちして。さらにこと/\もおぼえずなり

にたり。宇治にいとわたらまほしげにおぼいためるを。

さもやわたし聞えてましなど思へどまさに宮は

ゆるし給ひてんや。さりとて忍びてはたいとびんなか

らん。いかさまにしてかは人め見ぐるしからで思ふ心

のゆくべきと心もあくがれてながめふし給へり。まだい

とふかきあしたに御文あり。れいのうはへはけさやかな

るたてぶみにて

 (薫)いたづらにわけつる道の露しげみむかしおぼ

ゆる秋のそらかな 御けしきの心うさはことはりしら

 

ぬつらさのみなん聞えさせんかたなくと有。御返しな

からんも人のれいならずも見とがむべきをいとくるし

ければ。うけ給はりかきつけ給へるを。あまり事すくなゝ

るかなとさう/\しくて。おかしかりつる御けはひ

のみこひしく思ひいでらる。すこし世中をもしり

給へるけにや。さばかりあさましくわりなしとは

思ひ給へりつるものから。ひたふるにいぶせくなどはあら

で。いとらう/\しくはづかしげなるけしきもそひ

て。さすがになつかしくいひこしらへなどしていだし

給へるほどのこゝろばへさま/\゛に心にかゝりてわひし

 

 

42

くおぼゆ。なに事もいにしへにはいとおほくまさりて

思いでらる。なにかはこのみやかれはて給なば。われを

たのもし人にし給ふべきにこそあめれ。さてもあらは

れてこゝろやすさにはえあらじを忍びつゝまだ思

ひます人なき心のとまりにてこそあらめなどたゞ

このことのみつとおぼゆるぞけしからぬ心なるや。さば

かり心ふかげにさかしがり給へど。男といふ物の心うか

りけることよ。なき人の御かなしさはいふかひなきこと

にていとかくくるしきまではなかりけり。これはよろ

づにぞ思めくらされ給ける。けふはみやわたらせ給ぬな

ど人のいふをきくにも。うしろみの心はうせて。むねう

 

ちつぶれていとうらやましくおぼゆ。宮は日ごろに

なりにけるは我御心さへうらめしくおぼされてにはか

にわたりたま減るなりけり。なにかはっ頃へだてたるさまに

もみえ奉らじ山里にと思ひたつにもたのみし人ひ

思人もうとましき心そひ給へりけりと見給に。世中

いと所せく思ひなられてなをいとうき身なりけりと

たゝきみせぬほどはあるにまかせておいらかならんと

思はてゝいとらうたけにうつくしきさまにもてな

してい給へれはいとゝあはれにうれしくおほされて

日ころのおこたりなとかきりなくの給ひ。御はらもす

こしふくらかになりにたるに。かのはぢ給しるしのお

 

 

43

びのひきゆはれたる程などいと哀にまだかゝる人を

けぢかくても見給はざりければめづらしくさへおぼし

たり。うちとけぬ所にならひ給てよろづの事心や

すくなつかしくおぼさるゝまゝに。をろかならぬことゞも

をつきせず契りの給をきくにつけても。かくのみこと

よきわざにやあらんとあながちなりつる人の御けし

きも思いでられて。年ごろあはれなる心ばへとは思ひわ

たりつれど。かゝるさまにてはあれをもあるまじき

事と思にぞ。この御ゆくさきのたのめはいでやと思なが

らもすこしみゝどまりける。さてもあさましくたゆ

/\めて入きたりしほどよ。むかしの人々(人に)うとくてす

 

きにし事など語給し心ばへはげに有がたかりけれ

と猶うちとくべくはたあらさりけりかしなどいよ/\

心づかひせらるゝにもひさしくとたえ給はん事は

いとものおそろしかるべくおぼえ給へば。ことに出てはい

はねど。すぎぬるかたよりはすこしまつはしざまに

もてなし給へるを。宮はいとゞかぎりなくあはれとお

もほしたるに。彼人(薫)の御うつりがのいとふかくしみ給へ

るが。よの常のかうのかにいれたきしめたるにもにず

しるき匂ひなるを。そのみちの人にしおはすればあや

しととがめいて給れ。いかなりしことぞとけしきとり

給に。ことのほかにもてはなれぬ事にしあれば。い

 

 

44

はんかたなくわりなくていとくるしとおぼしたるを。

さればよかならずさる事はありなん。よもたゞには思

はじと思わたる事ぞかしと御心さはぎけり。さるは

ひとへの御ぞなどもぬぎかへ給てけれど。あやしう心

よりほかにぞ身にしみにける。かばかりにてはのこり

ありてしもあらじとよろづにきゝにくゝの給つゝ

くるに心うくて。身ぞをき所なき思聞ゆるさまこと

なる物語をこそさきになどかやうにうちそむくき

はゝことにこそあれ。又御心をき給ばかりのほどやはへう

る。思のほかにうかりける御心かなとすへてまねふへ

くもあらすいとおしけに聞え給へと。ともかくもいらへ

 

たまはぬさへいとねたくて

 (匂)又人になれける袖のうつりがをわが身にしめてうら

みつるかな女はあさましくの給ひつゞくるに。いふべき

かたもなきをいかゞはとて

 (中君)みなれぬるなかのころもとたのみしをかはかりに

てやかけはなれなんとてうちなき給へるけしきの

かぎりなくあはれなるを見るにも。かゝればぞかし。とい

と心やましくてわれもほろ/\とこぼし給ぞ。いろ

めかしき御心なるや。まことにいみじきあやまちあ

りともひたぶるにはえぞうと(疎)みはつまじくらうた

げに心ぐるしきさまのし給へれば。えもうらみはて

 

 

45

給はずの給さしつゝ。かつはこしらへ聞え給。又の日も心

のどかにおほとのこもりおきて。御てうづ(手水)御かゆ(粥)なども

こなたにまいらす。御しつらひなどもさばかりかゝやく

ばかり。こまもろこしのにしきあやをたちかさね

たるめうつしには。よの常にうちなれたる心ちして

人々のすがたもなへばみたるうちまじりなどして

いとしづかに見まはさる。君はなよゝかなるうす色と

もに。なてしこのほそながかさねてうちみだれ給へる

御さまのなに事もいとうるはしくこと/\しきまで

さかりなる人の御よそひ。なにぐれに思ひくらぶれど

けをと(気劣)りてもおぼえずなつかしくおかしきは心

 

さしのをろかならぬにははぢ(恥)なきなめりかし。まろに

うつくしくこえたりし人の。すこしほそやぎたる

に。いろはいよ/\しろくなりてあてにおかしげなり。

かゝる御うつり香などのいちじるからぬおりだにあい

ぎやうるきらうたき所などのなを人にはおほくまさ

りておほさるゝまゝには是をはらからなどにはあら

ぬ人のけちかくいひかよひてことにふれつゝをのつ

からこえけはひをも聞見なれんはいかでかたゝには思

はん。かならすしかおほえぬへき事なるを。とわが(我)いとく

ま(隈)なき御心ならひにおほししらるればつねに心をか

けてしるきさまなる文などやあるとちかき御づし(厨子)こ(小)

 

 

46

がらひつ(唐櫃)やうの物をも。さりげなくてさがし給へど。さ

る物もなし。たゞ今いとすくよかに事すくなにて

なを/\しきなどぞわざともなけれど物にとりま

ぜなどしてもあるをあやし。なをいとかうのみはあ

らじかしとうたがはるゝにいとゞけふはやすからずお

ぼさることはりなりかし。かの人のけしきも心あらん

女の哀と思ぬべきをなどてかはことの外にはさしは

なたん。いとよきあひなればかたみにぞ思かはすらん

かしと思やるぞわびしくはらたゝしくねたかり

ける。なをいとやすからざりければその日もえいで給

はず六条院には御ふみをぞ二たび三たび奉れ給を

 

いつの程につもる御ことのはならむ。とつぶやく。おい人

ともあり。中納言の君はかく宮(匂)のこもりおはするを

聞にも。心やましくおぼゆれど。わりなしや(これは)わが

心のおこがましうあしきぞかし。うしろやすく

と思そめてしあたりの事をかくは思へしや。としい

てぞ思かへして。さはいへど。えおほし捨さめりかしと

うれしくもあり。人々のけはひなどのなつかしき

っほどになへばみためりしをと思やり給て。母宮の御か

たに参り給てよろしきまうけのものどもやさふ

らふつかうべき事なんと申給へば。れいのた(立)ゝむ月の

ほうじのれうにしろき物どもやあらむ。そめたるな

 

 

48

どはいまはわざともしをかぬを。いそぎてこそせさせ

めとの給へばなにかこと/\しきようにも侍らず。さ

ふらはんにしたがひてとてみくしげ(御匣)殿などにとはせ

給て。女のさうぞくともあまたくたりにほそなかともゝ

たゞ有にしたがひてたゞなるきぬあやなどとり/\゛

し給。みづからの御れうとおぼしきには。わが御れう

にありける。くれないのうちめなべてならぬに。しろ

きあやどもなどあまたかさね給へるに。はかまのぐ(具)は

なかりけるにいかにしたりけるにか。こしのひとつ

あるをひきむすびくはへて

 (薫)むすびける契りことなる下ひもをたゞひとす

 

ぢにうらみやはする たいふの君とておとな/\しき

人のむつましげなるにつかはす。とりあへぬさまの

みぐるしきをつき/\しくもてかくしてなどの

給て。御れうのは忍びやかなれど。はこにてつゝみもこと

なり御覧せさせねど。さき/\゛もかやうなる御心しらひ

はつね(常)の事にてめなれにたれば。けしきばみかへし(など)

ひこしろふ(押し付け合うようにして返す)べきにもあらねば。いかゞとも思わづらはて

人々にとりちらしなどしたれば。をの/\さしぬ

ひなどす。わかき人々の御前ちかくつかうまつるなど

をぞとりわきてはつくろひたつべきしもづかへどもの

いたくなへばみたりつるすがたどもなどに。しろき

 

 

48

あはせなどにて。けちえん(掲焉)ならぬぞ中々めやす

かりける。たれかはなにことをむしろみ聞ゆる人の

あらん。宮はをろかならぬ御心ざしのほどにてよろづ

をいかでとおぼしをきてたれど。こまかなるうち/\の

事まではいかゞはおぼしよらん。かぎりもなく人にの

みかしづかれてんらはせ給へれば。世中打あはsyさひ

しきこといかなるものともしり給はぬことはりな

り。えん(艶)にそゞろさむく花の露をもてあそびて世は

すくべきものとおぼしたるほどよりは。おほす人の

ためなればをのづからおりふしにつけつゝまめやかな

る事までもあつかひしらせ給ふこそありがたくめ

 

づらかなる事なめれば。いでや。などそし(誹)らはしげに

きこゆる御めのとなどもありけり。わらはべなどのな

りあざやかならぬおり/\うちまじりなどしたる

をも。女君はいとはづかしく中々なるすまいにも

あるかななど人しれずはおぼす事なきにしも

あらぬに。ましてこのごろはよにひゞきたる御あり

さまの花やかさに。かつは。宮のうちの人の見思はん

ことも人げなき事とも人げなき事。とおぼしみだるゝ事もそひて

なげかしきを。中納言の君はいとをしはかり聞え

給へば。うとからぬあたりには見ぐるしくくだ/\し

かるべきこゝろしらひ(心遣い)のさまもあなづるとはなけれ

 

 

49

ど。なにかはこと/\しくしたてがほならんもなか/\

おぼえなく見とがむる人やあらんとおほすなりけ

り。いまぞ又れいのめやすきさまなる物どもせさせ

給て。御こうちきおらせ。あやのれうたまはせなどし

給ける。この君しもぞ宮にもおとり聞え給はずさ

まことにかしづきたてられて。かたはなるまで志お

ごりもし。世を思すましてあてなる志ばへはこよな

けれど。古みこの御山ずみをみそめ給しよりぞさびし

き所のあはれさはさまことなりけりと志ぐるしく

おぼされて。なべての世をも思めぐらし。ふかきなさけ

をもならひ給にける。いとおしの人ならはしやとぞ。か

 

くて猶いかでうしろやすくおとなしき人にてやみ

なんと思にもしたがはず心にかゝりてくるしければ。御

ふみなどをありしよりはこまやかにて。ともすればし

のびあまりたるけしきみせつゝ聞え給を。女君い

とわびしきことそひにたる身とおぼしなげかる。

ひとへにしらぬ人ならばあな物くるをしとはした

なめさしはあなたんにも。やすかるべきを昔より様こ

となるたのもし人にならひきて。今さらになかあし

くならんも中々人めあしかるべし。さすがにあさ

はかにもあらぬ御心ばへありさまの哀をしらぬには

あらず。さりとて心かはしかほにあひしらはんもいと

 

 

50

つゝましくいかゞはすべからぬとよろづに思みだれ給。さ

ふらふ人々もすこし物のいふかひありぬべくわかや

かなるは。みなあたらしみなれたるとてはかのやま里

のふる女ばら也。思心をもおなじ心になつかしくいひ

あはすべき人のなきまゝには。こひめきみを思ひ出き

こえ給はぬおりなし。おはせましかばこの人(薫)もかく

る心をそへ給はましやこといとかなしく。宮のつらく

なり給えんなげきよりも。この事いとくるしく

おぼゆ。おとこ君もしいて思わびて。れいのしめやかな

る夕つかたおはしたり。やがてはしに御しとねさ

しいでさせ給ていとなやましきほどにてなん

 

えきこえさせぬとぞ。人してきこえいたし給へる

を聞くにいみじくつらくてなみだのおちぬべきを

人めにつゝめば。しいてまぎらはして。なやませ給

をりはしらぬ。そうなどもちかくまいりよるを。くすし

などのつらにてもみすのうちにはさふらふまじく

やは。かく人づてなる御せうそこなんかひなき心ち

するとの給て。いと物しげなる(御けしきなる)を。ひとよ(一夜)ものゝけ

しきみ(見)し人々。げにいと見ぐるしくはべめり。と

て。もやのみすうちおろしてよいのそうのざにい

れたてまつるを女君まことにこゝちもいとくるしけ

れど。人のかくいふにけちえんならむも又いかゞと

 

 

51

つゝましければ。ものうながらすこしいざりいでゝた

いめし給へり。いとほのかに時々物の給御けはひの

むかしの人のなやみ給へりしころまつ思いてらるゝ

もゆゝしくかなしくてかきくらす心ちし給へば。と

みにものもえいはねすためらひてそ聞え給ふ。こよ

なくおくまり給へるもいとつらくてすのしたより几

帳をすこしをしいれて例のなれ/\しげにちかづ

きより給が。いとくるしければわりなしとおぼして。少将

といひし人をちかくよびよせて。むねなんいたきをし

ばしをさへてとの給を聞て。むねはをさへたるはつくる

しく侍る物をとうちなげきているをり給ほども

 

げにぞしたやすからぬ。いかなればかくしもつねになや

ましくはおぼさるらん。人にとひ侍しかばしばしこそ

心ちはあしかなれ。さて又よろしきおりありなどこ

そをしへ侍しが。あまりわか/\しくもてなさせ

給ふなめりかしとの給に。いとはづかしくてむねはい

つともなくかくこそは侍れ。むかしの人もさこそはものし

給しかなかゝるまじき人のすすわざとか人もいひ

はへめるとぞの給。げにたれもちとせのまつならぬ世を

と思にはいと心くるしくあはれなれば此めしよせた

る人のきかんもつゝまれずかたはらいたきすぢの事

をこそえりとゝむれ。むかしより思い聞えしさま

 

 

などを猶かの御身ひとつには心得させながら。人は又かた

わにも聞まじき様にさまよくめやすくぞいひなし

給ふを。げに在りがたき御心ばへにもときゝいたり。な

に事につけてもこ君の御ことをつきせず思ひ給へる。

いはけなかりしほどより世中を思ひはあんれてやみ

ぬべき心折づかひをのみならひ侍しに。さるべきにや侍

けん。うときものからをろかならず思そめ聞え侍し一

ふしに。かのほいのひじり心はさすがにたがやしに

けん。なぐさめばかりにこゝにもかしこにおゆきかゝづら

ひて。人のありさまをみんにつけてまぎるゝこともや

あらんなど思ひよるおり/\侍れど。さらにほかざま

 

んびはなひくべうも侍らざりけり。よろづに思給へわび

ては心ひくかたのつよからぬわざなりければ。すきがまし

きやうにおぼさるらんとはづかしけれど。あるまじき

心のかけてもあるべくはこそめざましからめ。たゞばかり

の程にてとき/\思ふ事をも聞えさせうけ給はり

などして。へだてなくの給かよはんをたれかはとがめい

づべき。よの人ににぬ心のほどはみな人にもかるまじく

侍るを。なをうしろやすくおぼしたれどうらみみ。な

きみ聞え給。うしろめたく思聞えばかくあやしと人も

見思ひぬべきにてはきこえ侍べくや。としごろこなた

かなたにつけつゝ見しる事ともの侍しかばこそ。さま

 

 

53

ことなるたのもし人にていまはこれよりなどおどろ

かし聞ゆれとの給へば。さやうなるおりもおぼえ侍ら

ぬものを。いとかしこき事におぼしをきての給はする

や。此御山里いでたちいそぎにからうじてめしつかはせ

給ふべき。それもげに御らんじしるかたありてこそはと

をろかにやは思侍るなどの給て。なをいとものうらめし

げなれど。きく人あれば思ふまゝにもいかでかはつゞけ給

はむ。とのかたをながめいだしたれば。やう/\くらくな

りにたる。むしのこえばかりまぎれなくて山のかたを(小)

ぐら(暗)うなにのあやめもみえぬにいとしめやかなるさま

してより居給へるもわづらはしとのみうちにはおぼ

 

さる。かぎりだにあるなど忍びやかにうちず(誦)して。

思ひ給へわびにて侍り。をとなしのさと(里)もとめまほし

きを。かの山里のわたりにてらなどはなくとも。むかしお

ぼゆる人がた(形)をもつくり絵にも書とめて。おこなひ侍らん

となん思ひ給へあんりにたるとの給へば。あはれなる御

ねがひに又うたてみたらし(御手洗)川ちかき心ちする人がたこ

そ思やりいとをしく侍れ。こがねもとむるえしもこそ

などうしろめたうぞ侍るやとの給へば。そよ。其たくみも

えしもいかで心にはかなふべきわざならん。近き世には花

ふらせたるたくみも侍りけるを。さやうならんへくえ(变化)

の人もがな。とさまかうさまにわすれんかたなきよし

 

 

54

をなげき給けしきの心ふかげなるもいとをしくて

今すこしちかくすべりよりて人かたのついでにいと

あやしく思よるまじきことをこそ思いで侍れとの

給けはひのすこしなつかしきもいとうれしくあはれ

にて。なに事にかといふまゝに几帳のしたよりてをと

らふれば。いとうるさく思ならるれどいかさまにして

かゝる心をやめてなだらかにあらんと思へば。此ちかき人

のおもはんことのあいなくてさりげなくもてなし

給へり。とし頃は世にやあらんともしらざりつる人の

此夏ごろとをき所よりものしてたづね出たりしを

うとくは思ましけれど。又うちつけにさしもなに

 

かはむつび思はんと思侍しを。さいつごろきたりしこ

そあやしきまでむかし人の御けはひにかよひた

りしかば。あはれにおぼえなりにしか。かたみなどかう

おぼしの給めるはなか/\何事もあさましくもて

はなれたりとなんみる人々もいひはへしをいと

さしもあるまじき人のいかでかはさはありけんとの

給を。ゆめかたりかとまできく。さるべきゆへあればこそ

はさやうにもむつひきこえらるらめ。などかいまゝで

かくもかすめさせ給はさらんとの給へば。いざやその故も

いかなりけんことゝも思わかれ侍らずものはかなきあ

りさまどもにて世にたちとまりさすらへんとすらん

 

 

55

とのみうしろめたげにおぼしたりし事どもを。たゞひ

とりかきあつめて思しられ侍るに又あいなき事を

さへ打そへて人もきゝつたへむこそいと/\おしかるべ

けれとの給ふけしきみるに。宮の忍びてものなどの給

けん人のしのぶくさつみをきたりけんなるべしと

みしりぬ。にたりとの給ふゆかりにみゝとまりて。かば

かりにてはおなじくはいひはてさせ給ふてよといぶ

かしがり給ふと。さすがにかたはらいたくて。えこまか

にも聞え給はずたづねんとおぼす心あらはその

わたりとはきこえつべけれとくはしくもしらず

や。又あまりいはゞ心おとりもしぬべきことになん。と

 

の給へば。世をうみ(海)中にも玉のありかたづねには心の

かぎりすゝみぬべきをいとさまて思ふべきにはあら

ざなれどいとかくなぐさめむかたなきよりはと思よ

り侍人がた(人形)のねがひばかりにはなどか山里のほん

ぞむ(本尊)にも思侍らざらん。猶たしかにの給はせよとう

ちつけにせめ聞え給。いざやいにしへの御ゆるしも

なかりしことを。かくまでもらし聞ゆるもいとくちかる

けれど。へくえ(变化)のたくみもとめ給ふいとおかしさにこ

そ。かう(く)も。とていととをき所にとしごろへにけるを。はゝ

なる人のうれはしきことに思ひてあながちにた

づねよしりをはしたなくもえいらへて侍しに。ものし

 

 

56

たりしなん。ほのかなりしかばにや。なに事も思

ひし程よりは見ぐるしからずなん見えし。これを

いかさまにもてなさむとなげくめりしに。仏にな

らんはいとこよなきことにこそはあらめ。さまではいか

でかはなど聞え給。さりげなくてうるさきこゝろ

いかではなつわざもがなと思ひ給へるとみるは。つらけ

れどさすがにあはれなり。あるまじきことゝはふか

く思へるものから。けせう(顕証)にはしたなきさまにはえ

てなし給はぬも。見しり給へるにこそは。と思心とき

めきに。よ(夜)もいたくふけゆくを。うちには人め(目)いとかた

はらいたくおぼえ給て。うちたゆめて入給ぬれば

 

おとこ君ことはりとは返/\思へば猶いとうらめし

く口おしきに。思しづめん方もなき心ちしてな

みだのこぼるゝも人わろければ。よろづに思みだるれど

ひたふるにあさはかならんもてなしはた。いとうたて

わがためもあいなるべければねんじかへしてつねよ

りもなげきがちにていで給ひぬ。かくのみ思ひては

いかゞすべからんくるしくもあるべきかな。いかにして

かは大かたの世にはもどき在りまじきさまにてさ

すがに思ふ心のかなふわざをすべからんあどおりたち

て。れんじたる心ならねbにや吾ため人のために心

やすかるまじきことをわりなくおもほし。あかず

 

 

57

似たりとの給へる人もいかでかはまことかとはみるべき。

さばかりのきは(際)なれば思ひよらんにかたくはあらず

とも。人のほいにもあらずはうるさくこそあるべけれな

ど。猶そなたざまには心もたゝず宇治の宮をひさし

く見給はぬ時は。いとゞむかしとをくなる心ちして

すゞろに心ぼそければ。九月廿よ日ばかりにおはした

り。いとゞしくかぜのみふきはらひて心すごくあら

ましげなる水のをと(音)のみやどもり(宿守)にて。人かげも

ことにみえず。みるにはまづかきくらしかなしき事

ぞかぎりなき。弁の尼めしいでたれば。さうじぐち(障子口)

にあをにびの木丁さし出てまいれり。いとかしこ

 

けれどましていとおそろしげに侍ればつゝましくて

なん。とまほ(まとも)にはいでこず。いかにながめ給ふらんとお

 

もひやるにおなし心なる人もなき物語も聞えん

とてなんはかなくもつもる年月かなとてなみだを

ひとめうけておはするに。おい人はいとゞさらにせき

あへず。人のうへにてあいなくものをおぼすめりし

頃のそらぞかしと思ひいづるに。いつとはべらぬなる

にも秋の風は身にしみてつらくおぼえ侍りて。げ

にかのなげかせ給めりしもしるき世中の御あり

さまをほのかにうけたまはるもさま/\゛になん。と聞

ゆれば。とある事もかゝることもながらふればなを(直)るやう

 

 

58

もあるをあぢきなくおぼししみけんこそをあやま

ちのやうに猶かなしけれ。此ころの御在りさまはなにか

それこそよのつねなれ。されどうしろめたげにはみえ

きこえざめり。いひても/\むなしき空にのぼりぬる

煙のみこそたれものがれぬ事ながら。をくれさきだつ程

は猶いといふかひなかりけりとても又な(泣)き給ぬ。あざり

めしてれいのかの御忌日の経仏の事など給ふ。さて

こゝにとき/\゛ものするにつけてもかひなきことのや

すからずおぼゆるが。いとやすく(益)なきをこのしん殿こぼち

て。かの山寺のかたはらにだうたてんとなむ思ふを。お

なしくは。とくはじめてんとの給て。だう(堂)いくつ。らう(廊)

 

ども。そうばう(僧房)などあるべきことゞもか(書)きいでの給など

せさせ給を。いとたうときことゝ聞えしらす。むかしの

ひとのゆへある御すまいにしめつくり給けn所をひ

きこぼたん。なさけなきやうなれどその御心ざしも

くどく(功徳)のかたにはすゝみぬべくおぼしけんを。とまり

給はん人々おぼしやりて。えさはをきて給はざ

りけるにや。今は兵部卿宮の北の方こそはしり給ふべ

ければ。かの宮の御領(料)どもいひつべくなりにたり。されば

こゝなから寺になさむ事はびんなかるべし。心にまか

せてさもえせじ。所のさまもあまり川づらちかく。け

せう(顕証)にもあれば。なをしん殿をうしなひてことさまに

 

 

59

もつくりかへんの心にてなむ。との給へば。とさまかう様

にいともかしこくたうとき御心(薫)なり。むかし別をかな

しひてかばねをつゝみてあまたのとしくびにかけ

て侍りける人も仏の御はうべんにてなん。かのかばねの

ふくろをすてゝついにひじりのみちにもいり侍に

ける。このしん殿を御覧ずるにつけて御心うごきおは

しますらん。ひとへにたい/\゛しき事なり。又のちの

よのすゝめともなるべきことに侍りけり。いそぎつかう

まつるべし。こよみのはかせのはからひ申て侍らん日を

うけ給て。物のゆへしりたらむたくみ二三人をたまは

りて。こまかなる事どもは仏の御をしへのまゝに

 

つかうまつらせ侍らんとまうす。とかくの給ひさだめて。

みさう(御荘)の人どもめしてこのほどの事ともあざりの

いはんまゝにすべきよしなどおほせ給。はかなく暮

ぬればその夜はとまり給ひぬ。このたびばかりこそ

見めとおぼして立めぐりつゝ見給へば仏もみなかの

寺にうつしてければ。尼君のおこなひの具のみあ

り。いとはかなげにすまいたるを哀にいかにしてす

ぐらむと見給。しん殿はかへてつくるべきやうあり。つくり

いでんほどはかのらうにものし給へ。京の宮にとり

わたさるべきものなどあらば。みさうの人めして有

べからんやうに物し給へ。などまめやかなることゝもを

 

 

60

かたらひ給。ほかにてはかばかりにさだす(過)ぎなん人を

なにかとみいれ給べきにもあらねど。よるもちかくふ

せてむかしものがたりなどせさせ給。古権大納言のき

みの御有さまもきく人なきに心やすくていとこま

やかに聞ゆ。いまはとなり給ひしほどにめづらしくお

はしますらん御ありさまをいぶかしきものに思ひ

聞えさせ給ふめりし御けしきなどの思ひ給へ出

らるゝに。かく思かけ侍らぬ世のうせにかくてみたてま

つり侍なん。かの御世にむつましくつかうまつりを

きししるし(験)のえおのづから侍けるとうれしくもかなし

くも思給へられ侍る。心うきいのちのほどにてさま/\

 

の事を見給へすぐし給へしり侍るなん。いとはづか

しく心うく侍る。宮よりも時々はまいりてみ奉れ

おぼつかなくたへこもりはてぬるはこよなく思へだて

けるなめり。などの給はするおり/\侍れどゆゝし

き身にてなんあみだ仏よりほかには見奉らまほし

き人もなくなりて侍るなと聞ゆ。こひめ君の御事と

もはたつきせず年ころの御有さまなどかたりて何

のおりなにとの給し。花紅葉のいろをみてもはかな

くよみ給ける。うたがたりなどをつきなからず。うち

わなゝきたれど。こめかしくことずくなゝるものから

おかしかりける人の御心ばへかなとのみいとゞきゝそへ

 

 

61

給。宮の御かたはいますこしはいまめかしき物から心

ゆるさゞらん人のためにははしたなくもてなし給つべ

くこそ物し給めるを。我にはいと志ふかくなさけ/\し

とはみえていかてすくしてんとこそ思給へつれなど心

のうちに思くらべ給。さてもののついでにかのかたしろの

ことをいひいで給へり。京にこのころ侍らんとはえしり

侍らず人のつて(伝)にうけたまはりし事のすぢなゝ

り。古宮のまたかゝる山さとすみもし給はず故北

のかたのうせ給へりけるほど。ちかゝりける頃中将の

君とてさふらひける上らうの心ばせなどもけしう

はあらざりけるを。いとしのびてはかなきほどに

 

物の給はせけるを。しる人も侍らざりけるに女子を

なんう(産)みて侍りけるを。さもやあらんとおぼす事

のありけるからに。あいなくわづらはしく物しき

やうにおぼしなりて又とも御らんじいるゝ事もなか

りけり。あいなくそのことにおぼしこりてやがて大

かたひしりにならせ給にけるを。はしたなくて思てえ

さふらはずなりにけるが。みちのくに(陸奥国)のかみ(守)のめ(妻)にな

りたりけるを。ひとゝせのぼりてそのきみたいらかに

物し給よし此わたりにもほのめかし申たりける

をきこしめしつけて。さらにかゝるせうそこ(消息)有べき事

にもあらずとの給はせなちければ。かひなくてなん

 

 

62

なげき侍ける。さて又常陸に成てくだり侍にける

が此年頃音にも聞え給はざりつるが此春のぼり

て彼宮には尋まいりたりけるとなんほのかに聞侍

し。彼君の年ははたちばかりにはなり給ぬらん

かし。いとうつくしくおひ出給ふがかなしさなどこそ

なか頃は文にさへかきつゞけて侍めりしかと聞ゆ。くはし

く聞あきらめ給て。さらば誠にてもあらんかし。見ば

や。と思ふ心いできぬ。昔の御けはひにかけてもふれ

たらむ人は。しらぬ国までも尋しらまほしき心ある

をかず(数)まへ給はさりけれどちかき人にこそはあなれ。

わざとはなくともこのわたりにをとなうおりあらん

 

ついでに。かくなんいひしとつたへ給へ。などばかりの給を

く。母君は古北方の御めいなり。弁もはなれぬなからひ

に侍べきをそのかみほか/\(他々)にはべりてくは(詳)しくも

見給へなれざりき。さいつごろ京より大輔がもとよ

り申わたりしはかの君なんいかでかの御はかにだにま

いらむとの給ふなる。さる心せよなど侍しかどまだ

こゝにさしはへてはをとなはず侍めり。今さらに

さやうのついでにかゝる給などつたへ侍らんと聞ゆ。あ

けぬればかへり給はんとて。よべをくれてもてまいれる

きぬわたなどやうの物。あざりにをくらせ給ふ。あま

君にも給ふ。法師ばら尼君の下す(下衆)どものれう(料)にと

 

 

63

てぬのなどいふものをさへめしてたぶ。心ぼそきす

まいなれどかゝる御とふらひたゆまざりければ。身の

ほどにはいとめやすくしめやかにてなんおこなひけ

る。木がらしのたへがたきまでふきとをしたるに。残

るこずえもなくちりしきたる紅葉をふみわけた

る跡もみえぬを見わたして。とみにもえい(出)で給はず。

いとけしきあるみ(深)山木にやどりたるつたのいろぞ

また残りたる。こだに(こ=これ? だに=せめて、だけでも)などすこしひきとらせ(切り取り)給て。

みやへとおぼしくて(中君へ土産に)もたせ給ふ。

 (薫)やどりきと思いでずはこのもとのたびねもいかに

さびしからまし とひとりごちたまふをきゝて

 

あまぎみ

 (弁尼)あれはつるくちきのもとをやどりきとおもひ

をきけるほどのかなしさ あくまでふるめきたれど

ゆへなくはあらぬをぞいさゝかなぐさめにはおぼし

ける。宮にもみぢ奉れ給へればおとこ宮おはしまし

ける程なりけり。南の宮よりとてなに心もなく

もてまいりたるを。女君れいのむつかしきこともこそ

とくるしくおぼせど。とりかくさんやは。宮おかしき

つた哉とたゞならずの給てめしよせて見給ふ。御文

には日ごろなに事かおはしますらむ。山ざとに物し

侍ていとゞみねの朝ぎりにまどひ侍つる。御物語も

 

 

64

みづからなん。かしこのしん殿だうになすげきことw

ざいりいひつけ侍りにき。御ゆるし侍てこそはほかに

うつすことも物し侍らめ。弁のあまにさるべきおほせ

事はつかはせなどぞある。よくもつれなくかき給へる

文かな。まろ(匂宮)ありとぞきゝつらんとの給もすこしは

げにさや有つらむ。女君はことなきをうれしと思給

に。あながちにかくの給を。わりなしとおぼして

うちえんじてい給へる御さま。よろづのつみゆる

しつべくおかし。かえり事かき給へ見じや。とてほ

かさまにむき給へり。あまへてかゝざらんもあやし

ければやまざとの御ありきのうらやましくも侍る

 

哉。かしこはげにさやうにてこそよくと思給へしを

殊更に又岩ほ(巌)のなかもとめんよりは。あ(荒)らしは(果)つま

じく思侍るを。いかにもさるべきさまになさせ給はゞ

をろかならずなんときこえ給ふ。かくにくきけし

きもなき御むつびなめりと見給ひながら。わが御心

ならひにたゞならじとおぼすがやすからぬなるべし。

か(枯)れ/\゛なるせんざい(前栽)のなかにお(尾)花の。物よりことに

て(手)をさし出てまねくがおかしくみゆるに。まだほに

いでさしたるも露をつらぬきとむる。たまのを。はか

なげにうちなびきたるなど。例の事なれど夕か

ぜなをあはれなりかし

 

 

65

 (匂宮)ほ(穂)にいでぬもの思ふらししのすゝき(篠薄)まねくた

もとの露しげくして なつかしきほどの尾ぞども

に。なをしばかりき給て琵琶をひきい給へり。わう

しきでう(黄鐘調)のかきかはせをいとあはれにひきなし

給へば。女君も心に入給へる事にて物えん(怨)じもえし

はて給はず。ちいさき几帳のつまよりけうそく

によりかゝりて。ほのかにさし出給へるいと見まほし

くらうたげなり

 (中君)秋はつる野べのけしきもしのずゝきほのめく

風につけてこそしれわが身ひとつの とてなみだ

くまるゝはさすがにはづかしければ。あふぎをまぎ

 

らはしておはする。心のうちもらうたくをしはか

らるればかゝるにこそ人もえ思はなたざらめと。うた

がはしきかたたゞならでうらめしきなめり。きくの

まだよくうつろひはてゞ。わざとつくろひたてさ

せ給へるは中々をそきに。いかなる一もとにかあらん。

いと見どころありてうつろひたるを。取わきておら

せ給て。花の中にひとへに。とずし給て。なにがしの

みこ(皇子)の此花めでたる夕ぞかし。いにしへ天人のかけ

りてびわの手をしへけるは。なにごともあさくなり

にたる世はものうしやとて。尾ことさしをき給ふを

口おしとおぼして。心こそあさくもあらめ。むかしを

 

 

66

つたへたらむ事さへは。などてかさしもとておぼつか

なき手などをゆかしげにおぼしたれば。さらばひ

とりごとはさう/\゛しきに。さしいらへし給へかしと

て。人まえしさうの尾こととりよせてひかせ奉り

給へど昔こそまねぶ人も物し給しが。はか/\゛しく

ひきもとめず成にし物をとつゝめしげにて。てもふ

れ給はねば。かばかりの事もへだて給へるこそ心う

けれ。このごろみるわたりはまだいと心と(解)くべきほどに

もならねど。かたなり(未熟)なるういごと(初事)をもかくさずこそ

はあれ。すべて女はやはらかに心うつくしきなんよ

き事とこそ。その中納言もさだむめりしか。かの君

 

にはたかくもつゝみ給はじ。こよなき御中なめれば。

などまめやかにうらみられてぞうちなげきてすこ

ししらべ給。ゆるびたりければ。ばんしきでう(盤捗調)に

あはせ給。かきあはせなどつまをとおかしげにき

こゆ。伊勢の海うたひ給御こえのあてにおかしきを

女ばら。ものゝうしろにちかづきまいりて。えみひろご

りいたり。二心おはしますはつらけれどそれもことは

りなれば。なをわが御前をばさいはひ人とこそ申さ

め。かゝる御ありさまにまじらひ給べくもあらざり

しとしごろの御すまいを又かへりなまほしげに

おほしての給はするこそいと心うけれ。などたゞい(言)

 

 

67

ひにいへば。わかき人々は。あなかまや(まあお黙り)。などせいす。御こと

どもをしへたてまつりなどして三四日(みかよか)こもりお

はして。御ものいみなどことつけ給ふを彼殿にはうら

めしくおぼして。おとゞ内よりいで給けるまゝに

こゝにまいりたまへれば。宮。こと/\しげなるさまして

なにしにいましつるぞ。と。むつがり給へどあなた

にわたり給てたいめし給。ことなる事なきほどは。

この院をみてひさしくなり侍るも哀にこそ。など

むかしの御物語どもすこし聞え給ひて。やがてひ

きつれ聞え給ていで給ぬ。御子どもの殿ばら。さらぬ

上達部殿上人などもいとおほくひきつゞき給へるい

 

きほひ。こちたきをみるにならぶべくもあらぬぞくしい

たかりける。人々のぞきてみたてまつりて。さもき

よらにおはしけるおとゞかな。さばかりいづれとなくわ

かくさかりにてきよげにおはさうする御子どもの

似給ふべきもなかりけり。あなめでたやといふもあり。

又さばかりやん事なげなる御さまにて。わざとむ

かへにまいりたまへるこそにくけれ。やすげなの世の

中たなどうちなげくもあるべし。御みづからもき

しかたを思出るよりはじめ。かの花やかなる御な

からひに立まじるべくもあらず。かすかなるみ(身)のお

ぼえをといよ/\心ぼそければ。なを心やすくこもり

 

 

68

いなんのみこそめやすからめなどおぼえ給。はかな

くて年もくれぬ。 正月つごもりがたより例なら

ぬさまになやみ給ふを。宮まだ御らんじしらぬ事

にていかならんとおぼしなげきて。みず法など所々

にてもあまたせさせ給に。又々はじめそへさせ給。

いといたくわづらひ給へば后の宮よりも御とふらひ

あり。かくて三とせになりぬれど。ひと所の御心ざし

こそをろかならね。おほかたの世にはもの/\しくも

もてなし聞え給はざりつるを。この折ぞいづこにも

いづこにもきこしめしおどろきて御とふらひどもき

こえ給ひける。中納言君は宮のおぼしさはぐに

 

をとらすいかにおはせんとなげきて。心ぐるしくうし

ろめたくおぼさるれど。限ある御とふらひばかりこそ

あれ。あまりもえまうで給はで。しのびてぞ御いの

りなどもせさせ給ける。さるは女二の宮の御裳ぎ。たゞ

このごろになりて。世間ひゞきいとなみのゝしる。よろづ

のことみかどの御心ひとつなるやうにおぼしいそげば。

御うしろみなきにしも。なか/\めでたげにみえける。

女御のしをき給へる(用意した)ことをばさる事にて。つくも所(作物所)。さ

るべきずらう(受領)どもなどとり/\゛につかうまつる事

どもいとかぎりなし。やがてその程に参りそめ給べ

きやうにありければ。男かたも心づかひし給ころな

 

 

69

れど。れいのことなればそなたざまには心もいらで。此

御事のみいとおしくなげかる。二月のついたちごろ

に。なをしもの(直物)とかいふ事に権大納言になり給て

右大将かけ給つ。右のおほいどのひだりにておはしける

がじゝ(辞し)給へる所なりけり。よろこびに所々ありき給

て此みやにもまいり給へり。いとくるしくし給へば

こなたにおはします程なりければ。やがてまいり給へ

り。僧などさふらひてびんなきかたにとおどろき給

てあざやかなる御なをし(直衣)御下がさね(襲)など奉ひ

きつくろひ給て。おりてたう(答)のはい(拝)し給御さまども

とり/\゛にいとめでたく。やがて今夜つかさの(宮の)人にろく(禄)

 

給ふあるじの所にとさうじ奉給を。なやみ給ふ人

によりてぞおぼしたゆたひ給める左大臣のし給

けるまゝにとて六条院にてなん有ける。えんかのみこ

たち上達部。大饗におとらず。あまりさはがしきま

でなんつどひ給ける。この宮もわたり給てしづこことなけ

れば。まだことはてぬにいそぎかへり給ひぬるを。大殿の

御かたには。いとあかずめざまし。との給。おとるべくもあら

ぬ御ほどなるを。たゞいまのおぼえの花やかさにおぼ

しおごりてをしたちてもてなし給へるなめりかし。

からうじてその暁に男にて生れ給へるを。みやも

いとかひありてうれしくおぼしたり。大将殿もよろ

 

 

70

こびにかへてうれしくおぼす。よべおはしましたりし

かしこまりに。やがて此御よろこびも打そへてたち

ながらまいり給へり。かくこもりおはしませばまいり給

はぬ人なし。御うぶやしなひ(産養)三日はれいのたゞ宮の

御わたくし事にて。五日の夜は大将殿よりとんじき(屯食)

五十具。五てのぜに(碁手の銭)。わうばん(椀飯:わんばん)はよのつねのやう

にて。こもち(子持)のおまへ(御前)のついがさね(衝重)三十。ちご(稚児)の御ぞ(御衣)いつへ

かさね(五重襲)にて。御むつき(襁褓)などぞこと/\しからず忍びや

かにしなし給へれど。こまかにみればわざとめな(目馴)れぬ心

ばへなどみえける。宮のおまへにもせんかう(浅香)のおしき(折敷)。た

かつき(高坏)どもにて。ふずく(粉熟)まいらせたまへり。女房の御前

 

にはついがさね(衝襲)をば。さるものにて。ひわりご(桧破籠)三十。さま/\゛

しつくしたる事どもあり。人めにこと/\しくはこと

さらにしなし給はず。七日の夜は后の宮の御うぶや

しなひなれば。まいり給ふ人々おほかり。宮のたいふ

をはじめて殿上人上達部かずしらずまいり給へり。内

にもきこしめして宮のはじめておとなび給なるには

いかでかとの給はせて。御はかし(佩刀)たてまつらせ給へり。九

日も大い殿よりつかうまつらせ給へり。よろしからずお

ぼすあたりなれど宮のおぼさんところあれば。御子の

君だちなど参り給て。すべていと思ふことなげにめ

でたければ。御みづからも月ごろ物おもはしく心ちの

 

 

71

なやましきにつけても。心ぼそくおぼしわたりつるに。

かくおもたゝしくいまめかしきことゞものおほかれ

ば。すこしなぐさみもやし給ふらん。大将殿は。かくさ

へをとな(大人)びはて給めれば。いとゞわがかたざまはけど

をくやならむ。又宮の御心ざしもいとをろかならじと

思ふ心は口おしけれど。又はじめよりのこゝろをきてお

もふにはいとうれしくもあり。かくてその日の廿日

あまりにぞ藤つぼの宮の御裳ぎの事ありて又

の日なん大将まいり給ひける。よのことはしのび

たるさまなり。あめのしたひゞきていつくしうみえつ

る御かしづきに。たゞ人のぐしたてまつり給ぞ。なを

 

あかす心ぐるしくみゆる。さる御ゆるしはありながら

もたゞいまかくいそがせ給まじき事ぞかしと。そし

らはしげに思の給人もありけれど。おぼしたちぬる事

すが/\しくおはします御心にて。きしかたのた

めしなきまでおなじくはもてなさむとおぼしを

きつるなめり。みかどの御むこになる人はむかしもい

まもおほかれど。かくさかりの御よにたゞ人のやうに

むこどりいそがせ給へるたぐひはすくなくや有けん。右

のおとゞも。めづらしがりける人の御おぼえすくせな

り。古院(源氏)だに朱雀院の御すえにならせ給て今は

とやつし給しきはにこそ。かのはゝ宮をえ奉り

 

 

72

給ひしが。吾はまして人もゆるさぬものをひろびたり

しや。との給ひいづれば。宮はげにとおぼすにはづかし

くて御いらへもえし給はず。三日の夜は大蔵卿よりは

じめてかの御かたのこゝろよせになさせ給へる人々

げいじにおほせごと給ひて。しのびやかなれど。かのごぜん(御前)。

随身。車そひ(車副)。とねり(舎人)までろく(禄)給はす。そのほどのこと

どもわたくしごとのやうにぞありける。かくてのちは

忍び/\にまいり給。心のうちには直忘れがたき。いに

しへざまのみおぼえて。ひるは里におきふしながめく

らして。くるれば心よりほかにいそぎ参り給をも。なら

はぬ心ちにいと物うくくるしくて。まかでさせ奉らん

 

とぞおぼしをきてける。はゝみやはいとうれしき事

におぼしたり。おはしますしんでんゆづりきこえ給

べくの給へど。いとかたじけなからんとて御ねんずだうの

あはひに。らうをつゞけてつくらせ給。にしおもてにうつ

ろひ給べきなめり。東のたいどもなども。やけてのち。う

るはしくあたらしくあらまほしきを。いよ/\みが

きそへつゝこまかにしつらはせ給。かゝる御心づかひをう

ちもきかせ給て。ほどなくうちとけうつろひ給はん

をいかゞとおぼしたり。御門ときこゆれど心のやみは

おなじ事なんおはしましける。はゝ宮の御もとに

御つかひありける。御文にもたゞこのことをなん聞えさ

 

 

73

せ給ける。古朱雀院のとりわきてこの宮(女三)の御ことを

ば聞えをかせ給しかば。かく世をそむき給へれど。おと

ろへずなにごとももとのまゝにそう(奏)せさせ給事な

どはかならずきこしめしいれ御よういふかゝりけり。

かくやんごとなき御心どもに。あたみにかぎりもなくも

てかしづきさはがれ給。おもたゞしさもいかなるにかあら

む。心のうちにはことにうれしくもおぼえず。なをと

もすればうちながめつゝ。宇治の寺つくる事をいそがせ

給。宮のわか君のいかになり給ふ日かぞへとりて。そのも

ちい(餅)のいそぎを心にいれて。こもの(籠物)ひわりご(桧破籠)などまで

み(見)いれつゝよのつねのなべてにはあらずとおぼし心

 

ざしてぢん(沈)したん(紫檀)しろかね(銀)こがね(黄金)など。みち/\のさい

くどもいとおほくめしさふらはせ給へば。我をと(劣)らじと

さま/\゛のことどもをしいづめり。みづからもれいの宮(匂)

のおはしまさぬひまにおはしたり。心のなしにやあ

らん。今すこしおも/\しく。やんごとなげなるけし

きさへそひにけりとみゆ。いまはさりともむつかしかりし

すゞろごとなどはまぎれ給にたらんと思に。心やすく

てたいめし給へり。されどありしながらのけしきにま

づなみだぐみて心にもあらぬまじらひ。いと思のほか

なる物にこそと世を思ひ給へみだるゝことなんまさり

にたると。あいだちなく(遠慮なく)ぞうれへ給。いと浅ましき

 

 

74

御事かな。人もこそをのづからほのかにももり聞侍れ

などはの給へど。かばかりめでたげなる事どもにも。な

ぐさまずわすれがたく思給ふらん心ふかさよとあはれ

に思ひ聞え給に。をろかにもあらず思ひしられ給。お

はせましかばと。口おしく思ひいで聞え給へど。それ

もわがありさまのやうにぞうらやみなく身をうら

むべかりけるかし。何事もかずならでは世の人めかしき

事も有まじかりけりとおぼゆるにぞ。いとゞかのう

ちとけはてゝやみなんと思ひ給へりし心をきては。

なをおも/\しく思いでられ給。わかぎみをせちに

ゆかしがり給へばはづかしけれどなにかはへだてがほ

 

にはあらん。わりなき事ひとつにつけてうらみらるゝ

よりほかには。いかで此人の御心にたがはじと思へば。

みづからはともかくもいらへ聞えたまはで。めのとして

さしいでさせ給へり。さらなる事なればにくげならん

やは。ゆゝしきまでしろくうつくしうて。たかやかに

物語しうちわらひなどし給かほをみるに。わがも

のにて見まほしくうらやましきも。よの思ひはな

れがたくなりぬるにやあらん。されどいふかひなくな

り給ひにし人の。よのつねのありさまにて。かやう

ならん人をもとゞめをき給へらましかばとのみお

ぼえて。このごろおもたゞしげなる御あたりにいつ

 

 

75

しかなどは思よらぬこそあまりすべなき君の御心

なめれ。かくめゝしくねぢけてまねびなすこそいと

おしけれ。しかわろ(悪)びかたほなならん人をみかどのとり

わきせちにちかづけてむつ(睦)び給ふべきにもあらじもの

を。まことしきかたざまの御こゝろをきてなどこそ

はめやすくものし給けめとぞをしはかるべき。げに

いとかくおさなきほどを見瀬給へるもあはれなれば。

れいよりは物語などこまやかにきこえ給ほどに。くれ

ぬれば心やすく夜をだにつかすまじきをくるしう

おぼゆれば。なげ(嘆)く/\いで給ぬ。おかしの人の御にほ

ひやおりつればとかやいづやうに。うぐひすもたづね

 

きぬべかめりなどわづらはしがるわかき人もあり。夏に

ならば三条宮ふたがるかたになりぬべしとさだめ

て。四月(うづき)のついたちごろせちぶ(節分)とかいふ事まだしき

さきにわたしたてまつり給。あすとての日藤つぼに

うへわたらせ給てふぢのえんせさせ給。みなみのひさ

しのみすあげて。いしたてたり。たほやけわざにて

あるじの宮のつかうまつり給にはあらず。上達部殿

上人のきやうなどくらづかざよりつかうまつれり。右

のおとゞ。あぜちの大納言。とう中納言。左兵衛督。みこ(親王

たちは三宮ひたちの宮などさふらひ給。みなみの庭

のふぢの花のもとに殿上人の座はしたり。こうらう(後涼

 

 

76

殿のひんがしにかく(楽)所の人々めして。暮行程に

そうでう(双調)ふきてうへの御あそびに宮の御かたより

御ことゞも笛など出させ給へば。おとゞをはじめたて

まつりておまへにとりつゝまいり給。故六条院の御

てづからかき給て入道のみやにたてまつらせ給ひし

きん(琴)のふ(譜)二巻。五えう(葉)のえだにつけたるをおとゞ取給

てそう(奏)し給。つぎ/\にさうのこと(箏の琴)琵琶和琴など朱

雀院の御ものどもなりけり。ふえはかのゆめにつたへし

いにしへのかたみのを。又なき物のねなりとめでさせ

給ければ。この折のきよらより又はいづかははへ/\

しきついでのあらんとおぼして。とうで(取り出し)給へるなめ

 

り。おとゞわこん(和琴)三宮びわなど。とり/\に給。大将の御

笛はけふぞ世になきねのかぎりはふきたて給ける。

殿上人のなかにも。しやうが(唱歌)につきなからぬどもは。めし

出ておもしろくあそぶ。宮の御方よりふずく(粉熟)参らせ給

へり。ちん(沈)のおしき(折敷)よつ(四つ)。したんのたかつき。藤のむらご(村濃)

のうちしき(打敷)におりえだ(折枝)ぬ(縫)いたり。しろかね(銀)のやう

き(様器)。るり(瑠璃)の御さかづき。へいじ(瓶子)はこんるり(紺瑠璃)なり。兵衛の

かみ御まかなひつかうまつり給ふ。御盃参り給にお

とゞしきりてはびんなかるべし。宮たちの御中にはた。

さるべきもおはせねば大将(薫)にゆづり聞え給を。はゞ

かり申給へど御けしきもいかゞありけん。御さかづき

 

 

77

さゝげて。をし(おし)。との給へるこはづかひ。もてなしさへれい

のおほやけ琴なれど。人にに(似)ずみ(見)ゆるも。けふはいとゞ見

なしさへそ(添)ふにやあらん。さしかへし給はりて。をりてぶ

たう(舞踏)し給へるほどいとたぐひなし。上らうのみこたち

大臣などの給はり給ふだにめでたき琴なるを。これは

ましえt御むこにてもてはやされ奉給へる御おぼえ

をろかならず。めづらしきにかぎりあればくだりある座

にかへりつき給へるほど志ぐるしきまでぞ見えける。

あぜちの大納言は我こそかゝるめもみんと思しが。ねた

のわざやと思ひい給へり。この宮の御はゝ女御をぞ昔志

がけ聞え給へりけるを。参り給て後も猶思はなれ

 

ぬさまに聞えかよひ給て。はては宮をえ奉らんの

心つきたりければ。御うしろみ。のぞむけしきももら

し申けれど。きこしめしだにつたへずなりにければ。

いと心やましと思て人からはげに契りことなめれど

など時のみかどのこと/\しきまでむこかしづき

給べき。またあらじかし。こゝのへのうちにおはします

とのちかき程にて。たゝ人のうちとけさふらひて。はて

はえんやなにやともてさはがるゝ琴はなどいみじうも

そしりつぶやき申給けれど。さすがゆかしかりければ。

まいりて心の内にぞはらだちい給へりける。しそく(紙燭)

さしてうた(歌)ども奉る。ぶんだい(文台)のもとによりつゝを(置)く

 

 

78

ほどのけしきは。をの/\したりがほなりけれど。れ

いのいかにあやしげにふるめきたりけんと思や

れば。あながちにみな(皆)もたづねか(書)ゝず。かみのまち(上の町)も上

らうとて御くちつきどもはことなる琴みえざめれ

ど。しるしばかりとてひとつふたつぞとひ聞たりし。

これは大将の君のをりて御かざしおりてまいり給

へりけるとか

 (薫)すべらきのかざしにおると藤の花をよばぬ枝に

袖かけてげり うけばりたるぞにくきや

 (帝)よろづ世をかけてにほはん花なればけふをもあ

かぬいろとこそみれ

 (夕霧)きみがためおれるかざしはむらさきのくもに

おとらぬ花のけしきか

 (大納言)よのつねの宮ともみえず雲井までたちのぼり

けるふぢなみの花 これや此はらだつ大納言なり

けんとこそみゆれ。かたへはひがことにもやありけん。かやう

にことなるおかしきふしもなくてのみぞあなりし。

夜ふくるまゝに御あそびいとおもしろく大将の君のあ

なたうとうたひ給へる声ぞ。かぎりなくめてたかりけ

る。あぜちもむかしすぐれ給へりし御声の名残なれ

ば。今もいともの/\しうてうちあはせ給へり。左の大

殿の御七郎わらはにて。さう(笙)の笛ふく。いとうつくしか

 

 

79

りければ。御ぞ給はす。おとゞおりてふたう(舞踏)し給ふ。暁ち

かうなりてぞかへらせ給ける。ろくども上達部みこた

ちには上より給はす。殿上人がくそ(楽所)の人々には宮の

御かたよりしな/\゛に給ひけり。そのよ(夜)さりなんみや

まかでさせたてまつり給ける。ぎしきいと心ことな

り。うへの女房さながら御をくりつかうまつらせ給ひけ

る。ひさしの御車にて日さし(庇)なきいとげ(糸毛)みつ(三つ)。こが

ねづくりむつ(六つ)。たゞのびらうげ(檳榔毛)廿(二十)。あじろふたつ。わらは(童)

しもづかへ八人つゝさふらふ(候)に。又御むかへのいだしぐる

まども十二。ほん所の人々のせてなんありける。御

をくりの上達部殿上人六位などいふかぎりなきき

 

よらをつくさせ給へり。かくて心やすくうちとけてみ

奉り給に。いとおかしげにおはす。さゝやかにあてにし

めやかにて。こゝはとみゆる所なくおはすれば。すくせ(宿世)のほ

ど口おしからざりけりと心おごりせらるゝ物から。すぎ

にしかたのわすればこそあらめ。なをまぎるゝお

りなく物のみ恋しくおぼゆれば。此よにてはなぐさ

めかねつべきわざなめり。仏になりてこそはあやしく

つらかりける契りのほどを。何のむくひとあきらめ

て思はなれめと思つゝ。寺のいそぎにのみ心をばいれ

給へり。かものまつりなどさはがしきほどすぐして

廿よ日の程にれいの宇治へおはしたり。つくらせ給ふ

 

 

80

御裳見給て。すべき琴ともをきての給ふ。さてれいの

くちき(朽木)のもとを見給へすぎんが。なを哀なればそな

たざまにおはするに。女車のこと/\しきさまには

あらぬひとつ。あ(荒)らましきあづまおとこの。こし(腰)に物

おへるあまたぐ(具)して。しも人も数おほくたのもしげ

なる気色にて。はしより今わたりくる見ゆ。い中

びたる物かなと見給ひつゝ殿はまづいり給てごぜん(御前)と

もいまだたちさはぎたる程に。この車もこの宮を

さしてくるなりけりとみゆ。ずいじんとももがや/\

といふをせいし給てなに人ぞととはせ給へば。こえうち

ゆがみたるもの。ひたちのぜんじ(前司)殿の姫君の。初瀬の

 

みてらにまうでゝもどり給へるなり。はじめもこゝに

なんやどり給へりしと申に。おいや。きゝし人なゝり。と

おぼし出て人々をばことかたにかくし給ひて。はや

御車いれよ。こゝに又人やどり給へど。きたおもてになん。

といはせ給。御ともの人もみなかりぎぬにて。こと/\し

からぬすがたどもなれど猶けはひやしるからんわづら

はしげに思て。馬ともひきさけなどしつゝかしこま

りつゝぞをる。車はいれてらうのにしのつまにぞよ

する。此しん殿はまだあらはにてすだれもかけずおろ

しこめたる中のふたまにへだてたるさうじ(障子)の

あなよりのぞき給。御ぞのなればぬぎをきて。なをし

 

 

81

さしぬきのかぎりをきてぞおはする。とみにもお

りてあま君にせうそこして。かくやんごとなげな

る人のおはするを。たれぞなどあないするなるべし。

君(薫)は車をそれと聞給へるより。ゆめその人にまろ(薫)あ

りとの給など。まづくちがためさせ給ふてげれば。みな

さ心得てはやくおりさせ給へ。まらうどは物し給へ

どこと(異)方になんといひいだしたり。わかき人のある。

先(まづ)おりてすだれうちあぐめり。ごぜんのさまよりは

このおもとなれてめやすし。又おとなびたる人今ひ

とりおりてはやうといふに。あやしくあらはなる心

ちこそすれといふこえほのかなれど。あでやかに聞ゆ。

 

れいの御琴こなたはさき/\゛もおろしこめてのみこ

そは侍れ。さては又いづこのあらはなるべきぞと心を

やりていふ。つゝましげにおるゝをみれば。まづかしら

つきやうたいほそやかにて。あてなるほどはいとよく物思

いでられぬべし。あふぎをつとさしかくしたれば。かほ

はみえぬほどこゝろもとなくてむねうちつぶれつゝ

見給。くるまはたかくおるゝ所はくだりたるを。この人々は

やすらかにおりなしつれど。いとくるしげにやみ

て。ひさしくおりていざりいる。こうちきに。なでし

ことおぼしきほそなが。わかなへ(若苗)色のこうちきき

たり。四尺の屏風を此さうじにそへてたてたるが。

 

 

82

かみよりみゆるあななれば残る所なし。こなたをば

うしろめたげに思てあなたざまにむきてぞそひ

ふしぬる。さもくるしげにおぼしたりつるかな。泉か

は(川)のふなわたりもまことにけふはいとおそろしくお

そありつれ。この二月(きさらぎ)には水のすくなかりしかば。よか

りしなりけり。いでやあづまぢを思へばいづらおそ

ろしからんなどふたりしてくるしと思たらずいひい

たるに。しうはをともせでひれふしたり。かひな(腕)をさ

しいでたるか。まろらかにおかしげなるほどもひた

ちどのなどいふべくはみえず。まことにあて(上品)なり。やう/\

こしいたきまでたちすくみ給へど。人のけはひせじ

 

とて。なをうごかて見給ふに。わかき人あなかうばしや。

いみじきかうのかこそすれ。尼君のたき給にやあらん

とおどろく。おい(老)人まことにあなめでたのものゝか(香)や。京

人はなをいとこそみやびかにいまめかしけれ。天下に

いみじき事とおはしたりしかど。あづまにてかゝるたき

物の香はえあはせ出給はざりきかし。このあまきみは。

すまいかくかすかにおはすれど。さうぞくのあらまほ

しくにびいろあをにびといへど。いときよらにぞあ

るや。などほめいたり。あなたのすのこよりわらはき

て御ゆ(湯)など参らせ給へとてをしきどもゝとりつゝ

きてさしいる。くだ物とりよせなどしてものけ給

 

 

83

はる。これなどおこせどおきねば。ふたりしてくり(栗)など

やうの物にやほろ/\とくふもきゝしらぬこゝちには

かたはらいたくて。しぞき(離れ)給へど。又ゆかしくなりつゝ

猶たちより/\見給。これよりまさるきはの人々を

后の宮をはじめてこゝかしこにかたちよきもあて

なるもこゝらあ(飽)くまで見あつめ給へど。おほろけなら

ではめも心もとまらず。あまり人にもどかるゝまで物

し給心ちに。たゞ今はなにばかりすぐれてみゆる事も

なき人なれど。かくたちさりがたくあながちにゆかし

きもあやしき心なり。尼君はこの殿の御かたにも御

せうそこ聞えいだしたりけれど。御心ちなやまし

 

とていまの程打やすませ給へるなりと御供の人々

心しらひていひたりければ。この君をたづねまほし

げにの給しかば。このついでに物いひふれんとおもほ

すによりて日くらし給にやと思て。かくのぞき給ふ

らんとはしらず。れいのみさう(御荘)のあづかりどものまいれ

る。わりご(破籠)やなにやとこなたにもいれたるを。あづま

人どもにもくはせなど。ことゞもおこなひをきて。う

ちけさうしてまらうどのかたにきたり。ほめつるさう

ぞく。げにいとかはらかにて。みめもなをよし/\しく

きよらにぞある。きのふおはしつきなんとまち聞

えさせしを。などかけふ(今日)も日たけてはといふめれば。

 

 

84

此老人いとあやしくくるしげにのみせさせ給へば。

きのふは此いづみ川のわたりにて。けさもむこに御心ち

ためらひてなんといらへておこせば。いまぞおきいたる。

尼君をはぢらひてそばみたるかたはらめ。これよ

りはいとよくみゆ。まことにいとよしあるまみの程。かん

ざしのわたり。かれをもくはしくつく/\゛としも見

給はざりし御かほなれど。是をみるにつけてたゞそれ

と思いでらるゝに例の涙おちぬ。尼君のいらへうちす

るこえけはひ宮の御かたにもいとよく似たりと聞ゆ。

哀なりける人かなかゝりける物をいまゝで尋もし

らで過しける事よ。これより口おしからんきは(際)のし

 

な(品)ゝらんゆかりなどにてだにかばかりかよひ聞え

たらむ人をみてはをろかに思まじき心ちするに。

ましてこれはしられ奉らざりけれど。まことにこ宮の

御子にこそは有けれと見なし給ては。かぎりなく哀

にうれしくおぼえ給ふ。只今もはひよりて世の中に

おはしけるものをと。いひなぐさめまほし。ほうらい

までたづねて。かんざし(釵)のかぎりをつたへてみ給けん。

みかどはなをいぶせかりけん。これはこと(異)人なれどなぐさ

め所有ぬべきさま也。とおぼゆるは。この人に契のおはし

けるにやあらん。尼君は物語すこししてとく(疾)いりぬ。

人のとがめつるかほり(薫り)を。ちかくのぞき給なめり。と心

 

 

85

得てければ。うちとけ事もかたらはずなりぬるなる

べし。日暮もていけば君(薫)もやをらいでゝ御ぞなど

き給てぞ。れいめしいづるさうじぐちにあま君よ

びて。有さまなどとひ給。折しもうれしく(参)までき

あ(逢)ひたるを。いかにぞ彼聞えし事は。との給へば。しか

おほせ事侍し後はさるべきついで侍らばとまち侍

しに。こぞはすぎてこの二月になん初瀬まうでのた

よりに。はじめてたいめんして侍し。かの母君におほし

めしたるさまはほのめかしは別しかば。いとかたはらい

たくかたじけなき御よそへにこそは侍などなん

はべしかど。そのころをひはのどかにおはしまさずと

 

うけ給はりしおり。びんなく思給へつゝみてかくなん

ともきこえあせ侍らざりしを。またこの月にも

まうでゝけふかへり給なめり。ゆきかへりの中やど

りにはかくむつびらるゝもたゞすきにし御おけはひをた

づねきこゆるゆへになん。はべめる。かのはゝ君はさはる事

ありてこのたびはひとり物し給めれば。かくおはします

ともなにかは物し侍らんと聞ゆ。い中びたる人ども

に忍びやつれたるありきもみえじとて。くちがた

めつれどいかゞあらん。げすどもはかくれあらじかし。さて

いかゞすべきひとり物すらんこそなか/\こゝろやすか

なれ。かくちぎりふかくてなんまいりきあひたるに

 

 

86

つたへ給へかしとの給へば。うちつけにいつのほどなる

御ちふぃりにかはとうちわらひて。さらばしかつたへ

侍らんとているに

 (薫)かほどり(貌鳥)のこえもきゝしにかよふやとしげみを

わけてけふぞたづぬる たゞくちずさびのやうにの

給ふを。いりてかたりけり

 

 

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 121

Trending Articles