Quantcast
Channel: 仮想空間
Viewing all articles
Browse latest Browse all 121

源氏物語(四十六)椎本

$
0
0

読んだ本https://dl.ndl.go.jp/pid/2567605

 

1

椎か本

 

2

きさらぎの廿日の程に兵部卿宮はつせ(初瀬)にまう

で給。ふるき御ぐはんにありけれどおぼしもたゝ

で年ころになりにけるを。宇治のわたりの御

なかやどりのゆかしきに。おほくはもよほされ給

へるなるべし。うらめしといふ人も有ける里のな

の。なべてむつましうおぼさるゝゆへもはかなし

や。上達部いとあまたつかうまつり給。殿上人

などはさらにもいはす世に残る人すくなくつかう

まつれり。六条院よりつたはりて右のおほい

殿しり給ふところは。川よりをち(遠方)にいとひろく

おもしろくてあるに。御まうけせさえ給へり。お

 

 

3

とゞもかへさの御むかへに参り給ふべくおぼし

たるを。にはかなる御ものいみのおもくつゝしみ

給べく申たなれば。えまいらぬよしのかしこまり

申給へり。宮なますさまじとおぼしたるに宰

相中将けづの御むかへに参りあひ給へるに。なか/\

心やすくて。かのわたりのけしきもつたへよらん

と御心ゆきぬ。おとゞをばうちとけてみえにくゝ

こと/\しき物に思聞え給へり。御子の君だち

右大弁侍従の宰相権中将とうの少将蔵人の

兵衛のすけなどみなさづらひ給ふ。みかど后もこゝ

ろことに思ひ聞え給へる宮なれば。おほかたの御

 

おぼえもいとかぎりなく。まいて六条院の御かた

ざまはつぎ/\の人もみな。わたくしの君に心よせ

つかうまつり給。ところにつけて御しつらひ

などおかしうしなして。碁すぐろく。たぎ(弾棊)の

ばん(盤)どもなどとり出て心/\にすさひくらし

給つ。宮はならひ給はぬ御ありきになやましく

おぼされて。こゝにやすらはんの御心もふかけれ

ば。うちやすみ給て。ゆふつかたそ御こと(琴)などめ

してあそび給。れいのかう世はなれたる所は。水

のをとももてはやして。ものゝねすみまさる

心ちsてい。かのひじりの宮にもたゞさしわた

 

 

4

るほどなれば。をひかぜにふきくるひゞきを聞

給に。むかしのことおぼしいでられて。笛をいと

おかしうもふきとをしなるかな。たれならん

むかしの六条院の御ふえのね聞しは。いとおかし

げにあい行(愛嬌)つきたるねにこそ吹給ひしが。これ

はすみのぼりてこと/\しきけのそひたる

は。ちしのおとゞの御ぞうの笛のねにこそにた

るなれなど。ひとりごちおはす。あはれにひさしう

なりにけりや。かやうのあそびなどもせであ

るにもあらですぐしきにける年月のさすが

におほくかぞへらるゝこそかひなけれなどの給

 

ついでにも。ひめ君たちの御有さまあたらしく。

かゝる山ぶところにひきこめてはやまずもがなと

おぼしつゞけらる。宰相の君のおなじうはち

かきゆかりにて見まほしげなるを。さしもお

もひよるまじかめり。まいていまやうの心あさ

えん人をばいかでかはなどおぼしみだれつれ/\゛

とながめ給ふ。お頃は春のよもいとあかしがたき

を心やり給へるたびねのやどりは。えひのまぎ

れにいとゝ(疾)う明ぬる心ちして。あかずかへらんこ

とを宮はおぼす。はか/\゛と霞わたれる空にちる

さくらあれば今ひらけそむるなど色々見

 

 

5

わたさるゝに。川そひ柳のおきふしなびく色

かげなどをろかならずおかしきを見ならひ

給はぬ人々いとめづらしく見すてがたしと

おぼさる。宰相はかゝるたよりをすぐさず。かの宮に

まうでばやとおぼせど。あたまの人めをよぎて

ひとりこぎいで給はんふなわたりのほども

かろらかにやと思やすらひ給ふほどに。かれより

御ふみあり

 (八宮)山風にかすみ吹とく聲はあれどへだてゝ見

ゆるをち(遠方)のしら波さうにいとおかしうかき給へり

宮おぼすあたりと見給へば。いとおかしうおぼ

 

してこの御かへりをばわれせんとて

 (匂宮)をちこちの汀になみはへだつともなをふき

かよへうぢの川風 中将はまうで給あそびに心い

れたる君だちさそひて。さしやり給ほど。かん

すいらく(酣酔楽)あそびて水にのぞきたる。らうにつく

りおろしたるはしの心ばへなど。さるかたにいと

おかしうゆへある宮なれば人々心して舟より

おり給ふ。こゝは又さまことに山里びたるあじ

屏風などのことさらにことそぎて。見所ある御

しつらひをさる心してかきはらひいといたうし

なし給へり。いにしへのねなどいとに(二)なきひき

 

 

6

ものどもを。わざとまうけたるやうにはあらで。

つぎ/\ひきで給て。一こつでう(壱越調)の心に。さくら人

あそび給。あるじの宮の御きんをかゝるついで

にと人々思ひ給へれど。さうのことをぞ心にも

いれずおり/\かきあはせ給。みゝなれぬけにや

あらん。いと物ふかくおもしろしとわかき人々思ひ

しみたり。所につけたるあるじいとおかしうし

たまひて。よそに思ひやりしほどよりは。な

まそむ王(孫王)めくいやしからぬ人あまた。おほきみ

四位のふるめきたるなど。かく人めみるべきおりと

かねていとおしかり聞えけるにや。さるべきかぎ

 

り参りあひて。へいじ(瓶子)とる人もきたなげなら

ずあさるかたにふるめきてよし/\しうもてなし

給へり。まらうどたちは御むすめたちの。すまい

給ふらん御有さま思ひやりつゝ心つくす人も

あるべし。かの宮はまいてかやすき程ならぬ御身を

さへ所せくおぼさるゝを。かゝるおりにだにとしのび

かね給て。おもしろき花のえだをおらせ給て。

御ともにさふらふうへわらはのおかしきして。た

てまつり給

 (匂宮)山ざくらにほふあたりにたづねきておなじ

かざしをおりてけるかな 野をむつましみとや

 

 

7

ありけん。御かへりはいかでかはなど聞えにくゝ

おぼしわづらふ。かゝるおりのこと。わざとがましくも

てなし。ほどのふるもなか/\にくきことになん

し侍りしなど。ふる人どもきこゆれば中の君にぞか

かせ奉り給ふ

 (八宮)かざしたる花のたよりにやまがつのかきねを

すぎぬ春の旅人 野をわきてしも。といとおかし

げにらう/\しくかき給へり。げに川風も心わかぬさ

まに吹かよふ物の音どもおもしろくあそび給。御

むかへにとう大納言おほせことにて参り給へり。

人々あまた参りつどひ物さはがしくてき

 

ほひかへり給。わかきひと/\゛あかずかへり見のみな

む。せられける。宮は又さるべきついでしてとお

ぼす花ざかりにてよものかすみもながめやるほ

どの見所有に。からのもやまとのも。うたどもおほ

かれど。うるさくてたづねもきかぬなり。物さはがし

くて思まゝにもえいひやらずなりにしを。あか

ず宮はおぼしてしるべなくても御ふみはつねに

ありけり。宮もなをきこえ給へ。わざとけさうだ

ちてももてなさじ。中々心ときめきにもなり

ぬべし。いとす(好)き給へるみこ(親王)なれば。かゝる人なんど

きゝ給か猶もあらぬすさひなめり。とそゝのかし

 

 

8

給ふ。時々中の君ぞ聞え給。姫君はやうのこと

たはふれにももてはなれ給へる御心ふかきなり。い

つとなく心ぼそき御有さまに。春のつれ/\゛は

いとゞくらしがたくながめ給。ねびまさり給御さま

かたちども。いよ/\まさりあらまほしくおかし

きもなか/\こゝろぐるしう。かたほにもおはせまし

かば。あたらしうおしきかたの思ひはうすくやあ

らましなどあけくれおぼしみだる。あね君廿

五。なかのきみ廿三にぞ成給ける。宮はおもくつゝ

しみ給べき年なりけり。物心ぼそくおぼして

御おこなひつねよりもたゆみなくし給。世に心

 

とゞめ給はねば。いでたちいそぎをのみおぼせば

涼しきみちにもおもむき給ぬべきを。たゞこの

御ことゞもにいと/\おしく。かぎりなき御こゝ

ろつよきなれど。かならず今はとみすて給はん御

心はみだれなんと見奉る人もをしはかり聞ゆるを

おぼすさまにあらずともなのめに。さても人ぎゝ

口おしかるまじうみゆる。さりぬべききはの人の

ま心にうしろ見聞えんなど思ひより聞ゆるあ

らば。しらずがほにてゆるしてん。ひとところ/\世

にすみつき給よすがあらば。それをみゆづるかたに

なぐさめをくべきを。さまでふかき心にたづね

 

 

9

聞ゆる人もなし。まれ/\ははかなきたより

にすきごと聞えなどする人は。又わか/\しき人

の心のすさひに物まうでのなかやどり。ゆきゝの

ほどのなをざりごとにけしきばみかけて。さす

がにかくながめ給有さまなどをしはかりあな

つらはしげにもてなすは。めざましうてなげの

いらへをだにせさせ給はず。宮ぞなをみではやま

じとおぼす御心ふかゝりける。さるべきにやおはし

けん宰相中将其秋中納言になり給ぬ。いとゞに

ほひまさり給。よのいとなみにそへてもおほすこと

おほかり。いかなることゝいぶせく思わたりしとし頃

 

よりも心ぐるしうて。すぎ給にけんいにしへざまの

思やらるゝに。つみかろくなり給ばかりおこなひも

せまほしくなん。かのおい人をば哀なる物に思

をきて。いちじるきさまならずとかくまぎらは

しつゝ。心よせとふらひ給。うちにまうでゝひさ

しうなりにけるを思出てまいり給へり。七月ば

かりになりにけり。都はまだいりたゝぬ秋のけ

しきを。をとはの山ちかく風のをともいとひやゝ

かに。まきの山へもわづかにいろづきて。猶たづねきた

るにおかしうめづらしうおぼゆるを。宮はまいてれ

いよりも待ちよろこび聞え給て。此たびは心ぼそげ

 

 

10

なる物がたりいとおほく申給なからむのちこの

君だちをさるべき物のたよりにもとふらひおも

ひすてぬ物にかずまへ給へなどおもむけつゝ聞え

給へば。ひとことにてもうけ給をきてしかば。さら

に思給へをこたるまじくなん世の中に心をとゞ

めしとはぶき侍る身にて。何事もたのもしげ

なきおひさきのすくなさになん侍れど。さるかた

にてもめぐらひ侍らんかぎりはかはらぬ心ざしを

御覧ししらせんとなん思給ふになど聞えた

まへば。いとうれしとおぼいたり。夜ふかき月のあ

きらかにさし出て山のはちかき心ちするに。ねん

 

ずいとあはれにし給て。むかし物語し給。このころ

の世はいかゞなりにたらん。くちう(宮中)などにてかやう

なる秋の月に御まへの御あそびのおりにさふらひ

あひたる中に。物の上ずとおぼしきかぎりとり/\゛

にうちあはせたるひやうしなどこと/\しきよ

りも。よしありとおぼえある女御かふいの。み(御)つぼね/\

の。をのがじゝ(銘々)はいどましく思ふうはべのなさけ

をかはすべかめるに。夜ふかき程の人げしめりぬる

に。心やましくかいしらへ。ほのかにほころび出たる

物のねなどきゝ所あるがおほかりしかな。なにこ

とにもをんないもてあそびのつまにしつべく

 

 

11

物はかなきものから。人の心をうこかすくさはひ

になんあるべき。さればつみのふかきにやあらんこ

の道のやみを思ひやるにも。をのこはいとしも

おやの心をみださずやあらん。女はかぎりありていふ

かひなきかたに思すつべきにも猶いと心ぐるしか

るべきなどおほかたの事につけての給へる。いかゞ

さおぼさゞらんと心ぐるしく思ひやらるゝ御心

のうちなり。すべてまことにしか思給へすてた

るけにや侍らん。みづからの事にてはいかにも/\

ふかう思ひしるかたの侍らぬを。げにはかなき

ことなれどこえにめづる心こそ。そむきがたきこと

 

に侍りけれ。さかしうひじりだつかせう(迦葉)もされば

にや。たちてまひ侍けんなど聞えて。あかず一声

きゝし御ことのねを。せちにゆかしがり給へば。うと/\

しからぬはじめにもとやおぼすらん。御みづからかな

たにいり給て。せちにそゝのがし聞え給。さうのこと

をぞいとほのかにかきならしてやみ給ひぬる。いとゞ

人のけはひもたえてあはれなるそらのけしき

所のさまにわざとなき御あそびの心にいりて

おかしうおぼゆれど。うちとめてもいかでかは。ひ

きあはせ給はん。をのづからかばかりならしそめ

つる残りは。よごもれるどちにゆづりきこえてん

 

 

12

とて。宮は仏の御まへにいり給ぬ

 (八宮)我なくて草のいほりはあ(荒)れぬともこのひとこ

とはかれじとぞおもふ かゝるたいめんもこのたびや

かぎりならんともの心ぼそきにしのびかねて

かやくなしきひがことおほくもなりぬるかなと

てうちなき給。まらうど

 (薫)いかならん世にかかれせんながきよの契りすむ

べる草のいほりは すまひ(相撲)などおほやけ事ども

まきれ侍ころすぎて候(さぶら)はんなど聞え給ふ。こ

なたにてかのとはずがたりのふる人めしいでゝ。の

こりおほかる物がたりなどせさせ給。入かたの月は

 

くまなくさしいりて。すきかげなまめかしきに

君だちもおくまりておはす。世のつねのけさうび

てはあらず。心ふかう物語のどやかに聞えつゝ物し

給へば。さるべき御いらへなどきこえ給。三宮はいと

ゆかしうおぼいたる物をと心のうちにはおもひで

つゝ。わが心ながら猶人にことなりかし。さばかり御

心もてゆる(許)ひ給ことのさしもいそがれぬよのも

てはなれて。はた。あるまじきことゝはさすがにお

ぼえす。かやうにて物をもきこえかはし。おりふ

しの花もみぢにつけてあはれをもなさけを

もかよはすに。にくからず物し給あたりなれば

 

 

13

すくせことにてほかざまにもなり給はんは。さ

すがに口おしかるべう領じたる心ちしけり。まだ

夜ふかき程にかへり給ぬ。心ぼそくのこりなげに

おぼいたりし御けしきを思いで聞え給つゝ

さはがしき程過してまうでむとおぼす。へ用部

卿の宮もこの秋の程にもみぢ見におはしまさん

と。さるべきついでをおぼしめぐらす。御文はたえず

たてまつれ給。女はまめやかにおぼすらんとも思

給はねばわづらはしくもあらではかなきさまに

もてなしつゝおり/\に聞えかはし給。秋ふかく

なりゆくまゝに。宮はいみじうもの心ぼそくお

 

はえ給ければ。れいのしづかなるところにて念仏

をもまぎれなうせんとおぼして。君だちにも

さるべき事ども聞え給。世の事としてついの

わかれをのがれぬわざなめれど。おもひなぐさむ

かたありてこそかないさをもさますものなめれ。

又見ゆづる人もなくこゝろぼそげなる御ありさ

まどもをうちすてゝむか。いみじきことされどもさ

ばかりのことにさまたげられてながきよのやみ

にさへまどはんがやく(益)さ。かつ見たてまつる

ほどだに思すつる世を。さりなんうしろの事

しるべきことにはあらねど。わが身ひとつにあらず

 

 

14

すぎ給にし御おもてぶせに。かる/\しきこゝ

ろどもつかひ給な。おぼろけのよすがならで人

の事にうちなびき。このやまざとをあくがれ給

な。たゞかう人にたがひたるちぎりことなる身と

おぼしなして。こゝに世をつくしてんとおもひ

より給へ。ひたふるに思ひしなせば。ことにもあら

ずすぎぬるとし月なりけり。まして女はさる

かたにたへこもりて。いちじるくいとおしげなる

よそのもどきをたはさらんなんよかるべきなどの

給。ともかくも身のならんやうまではおぼしもな

がされず。たゞいかにしてか。をくれ奉ては。世に

 

かた時もながらふべきとおぼすに。かく心ぼそきさ

まの御あらましことに。いふからなき御心まどひ

どもになん。心のうちにこそ思ひすて給つらめと。

明暮御かたはらにならはひ給ふて。にはかにわか

れ給はんはつらき心ならねど。げにうらめしかるべき

御有さまになん有ける。あすいり給はんとての日

は。れいならずこなたかなたこなたたゝずみありき給ひて

み給ふ。いと物はかなくかりそめのやどりにてすぐい

給ける。御すまいの有さまを。な(亡)からぬ後にいかに

してかは。わかき人のたへこもりてはすぐい給はん

となみだぐみつゝねんずし給さまいときよげなり。

 

 

15

おとなびたる人々めし出てうしろやすくつ

かうまつれなにことももとよりかやすくよに

聞えあるましききはの人は。すえのおどろへもつ

ねのことにてまぎれぬべかめり。かゝるきはになりぬ

れば人はなにともおもはざらめど。くちおしうて

さすらへん契りかたじけなく。いとおしき事なん

おほかるべき。ものさびしくこゝろぼそき世をふ

るばれいの事の事なり。生れたる言えのほどをきての

まゝにもてなしたらんなん。きゝみゝにもわが心

ちにもあやまちなくはおぼゆべき。まぎらはしく

ひとかずあかむと思ふとも。その心にもかなふまじ

 

きよにならば。ゆめ/\かろ/\゛しくよからぬかた

にもてなし聞ゆなゝどの給ふ。またあかつきに

いで給ふ。とてもこなたにわたり給ふてなからん

ほどこころぼそくなおぼしわびそ。心ばかりはやりて

あそびなどはしたまへ。なにごとも思ひにえか

なふまじき世をおぼしれそなどかへりみがち

にていで給ひぬ。ふた所いとゝ心ぼそく物思ひつゞ

けられて。おきふしうちかたらひつゝ。ひとり/\

なからましかばいかでくらさまし。いまゆく末

もさだめなき世にて。もしわかなゝやうもあらば

などなき見わらひみ。たはふれこともめごとも

 

 

16

おなじ心になぐさめかはしてすぐし給。かのおこ

なひ給三昧けふはてぬらんといつしかとまち

聞え給。夕暮に人参りて。けさよりなやましう

てなんえ参らぬ。風(風邪)かとてとかくつくろふと物する

ほどになん。さるはれいよりもたいめん心もとなき

をと聞え給へり。むねつぶれていかなるにかとお

ぼしなげき御ぞともわたあつくていそぎせさ

せ給てたてまつれなどし給ふ。二三日はおり給

はず。いかに/\と人たてまつり給へど。ことにおどろ/\

しくはあらず。そこはかとなくくるしうなんすこし

もよろしくならば。いまねんじてなどこと葉

 

にて聞え給。あざりつとさふらひてつかうまつり

ける。はかなき御なやみとみゆれど。かぎりのたび

にもおはしますらん。君だちの御事なにかおぼし

なげくべき。人はみな御すくせといふ物こと/\な

れば。御心にかゝるべきことを聞えしらせつゝ。今さら

にないで給ひそといさめ申なりけり。八月廿日の

程なりけり。おほかたの空のけしきもいとゞしき

ころ君だちは朝夕きりのはるゝまもなく。おぼ

しなげきつゝながめ給。有明の月のいとはな

やかにさし出て。水のおもてもさやかにすみわた

 

 

17

るを。そなたのし(師)と見あげさせて。見いだし給

へるに。かねの越えかすかにひゞきてあけぬなり

と聞ゆる程に。人々きてこの夜中ばかりになん

うせ給ぬるとなく/\申。心にかけていかに/\とは

たえず思ひ聞え給へれど。うちきゝ給には。あさ

ましく物おぼえぬ心ちして。いとゞかゝることには

なみだもいづちかい(去)にけん。たゞうつぶし/\給へり。

いみじきことも見るめのまへにておぼつかなからぬ

こそつねの事なれ。おぼつかなさそひておぼしな

げく事ことはりなり。しばしにてもをくれたて

まつりて世にあるべきものとおぼしならはぬ

 

御心ちどもにて。いかでかはをくれじとなきしづ

み給へど。かぎりあるみちなりければなにのかひ

なし。あざりとし頃ちぎりをき給ひけるまゝ

に。のちの御こともよろづにつかうまつる。さき人

になりけり給へらん御さまかたちをだに今ひとたび

見奉らんとおぼしの給へど。今さらになでうさる

ことか侍るべき。日頃も又あひ見給まじき事を

聞えしらせつれば。今はましてかたみに御心とゞ

め給まじき御心づかひをならひ給べきなりと

のみきこゆ。おはしましける御ありさまをきゝ

給ふにも。あざりのあまりさかしきひじり

 

 

18

心をにくゝつらしとなんおぼしける。入道の御ほい

はむかしよりふかくおはせしかど。かう見ゆつる

人なき御ことゞもの見すてがたきを。いけるかぎ

りは明暮えさらずみたてまつるを。世に心ぼそき

よのなぐさめにもおぼしはなれがたくてすぐい

給へるを。かぎりあるみちにはさきだち給もした

ひ給御心もかなはぬわざなりけり。中納言殿に

はきゝ給て。いとあえなくくちおしく。いま一た

び心のどかにて聞ゆべかりけることおほうのこり

たる心ちして。おほかたのよの有さま思ひつゞけら

れていみじうない給。又あひみることかたくやなど

 

の給しを。猶つねの御心にもあさゆふのへだてし

らぬ世のはかなさを人よりけに(人一倍)思給へりしかば。

みゝなれてきのふけふと思はざりけるを。返/\

あかずかなしくおぼさる。あざりのもとにも君

だちの御とふらひもこまやかに聞え給、かゝる御

とふらひなど又をとづれきこゆる人だになき御有

さまなれば。物おのえぬ御心ちどもにも年頃の御

心ばへのあはれなめりし。などをも思ひしり給。よの

常の程のわかれだにさしあたりては又たぐひなき

やうにのみ。みな人の思ひまどふ物なめるを。なぐ

さむかたなげなる御身どもにて。いかやうなる心ち

 

 

19

どもし給らんとおぼしやりつゝ。のちの御わざなど

あるべき事どもをしはかりてあざりにもとふらひ

給。こゝにもおい(老)人どもにわざと事よせて御ず経

などの事も思ひやり聞え給。あけぬよの心ち

ながら九月にもなりぬ。野山のけしきまして袖

の時雨をもよほしがちに。ともすればあらそひお

つる木の葉のをとも。水のひゞきも涙の瀧もひとつ

ものゝやうにくれまどひて。かうではいかてか。かぎ

りあらん御命もしばしめぐらひ給はんと。さふ

らふ人々は心ぼそくいみじくなぐさめきこえ

つゝ思まどふ。こゝにも念仏の僧候(さぶらふ)ておはしま

 

しゝかたは。ほとけをかたみにみたてまつりつゝ時々

まいりつかうまつりし人々の御いみにこもり

たるかぎりは。あはれにおこなひてすぐす。兵部卿

の宮よりもたび/\とふらひきこえ給。さやう

の御かへりなどきこえん心ちもし給はず。おぼ

つかなければ。中納言にはかうもあらざなるを。我を

ば猶思ひはなち給へるなめりとうらめしくお

ぼす。もみぢのさかりに文などつくらせ給はんと

ていでたち給しを。かく此わたりの御せうよう

びんなきころなればおぼしとまりて口おしく

なん。御いみもはてぬ。かぎりあれば涙のひま

 

 

20

もやとおぼしやりて。いとおほくかきつゞけ給へり。

しぐれがちなるゆふつかた

 (匂)をしか(牡鹿)なく秋の山里いかならん小萩が露のかゝ

る夕暮たゞいまのそらのけしきをおぼししらぬ

かほならんもあまり心づきなくこそあるべけれ。

かれゆく野べもわきてながめらるゝ頃になん

などあり。げにいとあまり思ひしらぬやうに

てたび/\になりぬるを。なを聞え給へなどな

かの宮をれいのそゝのがしてかゝせたてまつり

給ふ。けふまてながらへてすゞりなどちかくひき

よせてみるべきものとやは思ひし。心うくもすぎ

 

にける日かずかなとおぼすに。又かきくもり物見

えぬ心ちし給へば。をしやりてなをえこそかき

侍るまじけれ。やう/\かうお(起)きいられなど

し侍る。げに限りしりけるにこそとおぼゆるも

うとましう心うくてと。らうたげなるさまに

なきしほれておはするもいと心ぐるし。ゆふ暮

のほどよりきける御つかひ。よひすこしすぎて

ぞきたる。いかでかかへり参らん。こよひは旅ねして

といはせ給へど立かへりこそまいりなめといそげ

ば。いとおしうて我わかしう思ひしづめ給には

あらねど。見わづらひたまひて

 

 

21

 (大君)なみだのみきりふたがれる山里はまがきに

鹿ぞもろ声になく くろきかみによるのすみつ

きもたど/\しければ。ひきつくろふ所もなく筆

にまかせてをしつゝみていだし給ひつ。 御つかひは

こはた(木幡)の山のほども雨もよ(雨模様)に。いとおそろしげなれ

ど。さやうのものをぢすまじきをや。えりいで

給ひけん。むつかしげなるさゝのくまを駒ひき

とゞむる程もなくうちはやめて。かた時に参り

つきぬ御まへにめしても。いたくぬれてまいり

たればろく(禄)給ふ。さき/\御覧せしにはあらぬ

て(手)のいますこしおとなびまさりて。よしづき

 

たるかたざまなどを。いづれいづれならんと。う

ちもをかれず御らんじつゝ。とみにもおほとのご

もらねばまづとてもおきおはしまし又御らん

ずるほどのひさしきは。いかばかり御心にしむこと

ならんと。おまへなる人々さゝめき聞えてにく

みきこゆ。ねふたければなめり。まだあさ霧ふ

かきあしたにいそぎおきて奉り給

 (匂宮)あさぎりにともまどはせるしかの音をおほ

かたにやは哀とも聞 もろこえはおとるまじうこ

そとあれど。あまりなさけたゞむもうるさし。

ひとゝころの御かげにかくろへたるを。たのみ所

 

 

22

にてこそなに事も心やすくてすぐしつれ。

心よりほかにながらへておもはずなることのまぎ

れ露にてもあらば。うしろめたげにのみおぼしを

くめりしなき御ため(魂)にさへきずやつけ奉らんと

なべていとつゝましうおそろしうて聞え給

はず。このみやなどをば。かろちかにをしなべてのき

まにも思聞え給はず。なげのはしりがい給へる

御筆づかひ。ことのはもおかしきさまになまめき

給へる御けはひを。あまたは見しり給はねど。こ

れこそはめでたきなめれとみ給ひながら。その

ゆへ/\しくなさけあるかたにことをませきこ

 

えんも。つきなき身の有さまどもなれば何に

かゝる山ぶしだちて過してんとおぼす。中納言殿

の御かへりばかりはかれよりもまめやかなるさま

に聞え給へば。これよりもいとけうとげにはあら

ず聞えかよひ給。御いみはてゝもみづからまうでた

まへり。京のひさしのくだりたるかたに。やつれてお

はするに。ちかうたちより給てふる人めしいで

たり。やみにまどひ給へる御あたりに。いとまば

ゆくにほひみちていりおはしたれば。かたはらい

たうて御いらへなどをだにえし給はねば。かやうに

はもてない給はで昔の御心むけにしたがひき

 

 

23

こえ給はんさまならんこそきこえうけ給はるか

ひあるべけれ。なよびけしきばみたるふるまひを

ならひ侍らねば人づてに聞え侍らば。ことのはも

つゞき侍らずとあれば。あさましういまゝでな

がらへ侍やうなれど。思さまさんかたなき夢にま

どはれ侍てなん。心よりほかに空の光み侍らん

もつゝましくて。はしちかうもえみじろき侍

らぬと聞え給へれば。事といへばかぎりなき

御心のふかさになむ。月日のかげは御心もてはれ/\゛

しくもていでさせ給はゞこそつみも侍らめ。

ゆくかたもなくいぶせうおぼえ侍り。又おぼ

 

さるらんはし/\゛(は、暫し?)をもあきらめ聞えまほしく

なんと申給へば。げにこそいとたぐひなげなめ

る御ありさまをなぐさめ聞え給。御心ばへの

あさからぬほどなど人々きこえしらす。御心

ちにもさこそいへやう/\心しづまりて。よろづお

もひしられ給へば。むかしざまにてもかうまでは

るけき野べをわけいり給へる心ざしなども思

しり給へし。すこしいざりより給へり。おぼすら

むさま。又の給ひ契しことなどいとこまやかに

なつかしういひて。うたておゝ(雄々)しきけはひな

どはみえ給はぬ人なれば。けうとくすゞろはし

 

 

24

くなどはあらねど。しらぬ人にかくこえをきかせ

奉り。すゞろにたのみがほなる事などもあり

つる日頃を思つゞくるも。さすがにくるしうてつゝ

ましけれど。ほのかに一ことなどいらへ聞え給さ

まの。げによろづ思いほれ給へるけはひなれ

ば。いとあはれときゝたてまつり給。くろき几帳

のすきかげのいと心ぐるしげなるに。ましてお

はすらんさまほのみしあけぐれなどおもひい

でられて

 (薫)色かはるあさぢをみても墨ぞめにやつるゝ

袖を思ひこそやれとひとりごとのやうにの

 

給へば

 (大君)いろかはる袖をば露のやどりにてわがみ(身)ぞさ

らにをき所なきはつるゝいと(糸は)とすえ(末)はいひけ(消)

ちて。いといみじく忍びがたきけはひにていり

給ぬなり。ひきとゞめなどすべきほどにもあらね

ば。あかずあはれにおぼゆ。おひ人ぞこよなき御

かはりにいできて。むかし今をかきあつめかなし

き御物かたりども聞ゆる。ありがたくあさまし

きことゞもをみたる人なりければ。かうあやしく

おとろへたる人共おぼしすてられず。いとなつかし

うかたらひ給。いはけなかりし程にこ(故)院にをく

 

 

25

れ奉りて。いみじうかなしきものは世なりけり

と思ひしりにしかば。人となり行よはひにそへ

て。つかさくらい世中のにほひもなに共おぼえ

ずなん。たゞかうしづやかなる御すまいなどの

心にかなひ給へりしを。かくはかなく見なした

てまつりつるに。いよ/\いみじくかりそめの世の

思ひしらるゝ心ももよほされにたれど。こゝろぐる

しうてとまり給へる御ことゞものほだしなど

聞えんは。かげ/\しきやうなれどながらへても

かの御事あやまたず聞えうけたまはらまほ

しさになん。さるはおぼえなき御ふる物語きゝ

 

しより。いとゞ世の中にあととゞめんともおぼえず

なりにたりやとうちなきつゝの給へば。この人は

ましていみじくなきて。えも聞えやらず御け

はひなどのたゞそれかとおぼえ給に。としごろう

ちわすれたりつるいにしへの御ことをさへとりか

さねて聞えやらんかたもなくおぼゝれいたり。こ

の人はかの大納言の御めのとごにて。ちゝは此ひめ

君たちのはゝきたのかたの母かたのをぢ。左中弁

にてうせにけるが子まりけり。年ごろ遠きくにゝ

おくがれ。はゝ君もうせ給て後。かのとのにはうと

くなり。このみやにはたづねとりてあらせ給なり

 

 

26

けり。人もいとやむごとなからず。宮づかへなれにた

れど。心ちなからぬものに宮もおぼして。ひめ

君たちの御うしろみだつ人になし給へるなりけ

り。むかしの御事はとし頃かくあさ夕に見たてま

つりなれ。心へだつるくまなく思聞ゆる君だち

にも一ことうちいで聞ゆるついでなくしのびこ

めたりけれど。中納言の君はふる人のとはずがた

り。みなれいのことなれば。をしなべてあは/\し

うなどいひひろげずとも。いとはづかしげなめる

御心どもにはきゝをき給へらんかしとをしはか

らるゝが。ねたくもいとおしくもおぼゆるにぞ。又

 

もてはなれてはやまじと思ひよらるゝつまにも

なりぬべき。今はたびねもすゞろなる心ちして

かへり給にも。これやかぎりのなどの給しを。な

どかさしもやはとうちたのみて又見奉らず

なりにけん。秋やはかはれる。あまたの日かずもへ

だてぬ程におはしにけんかたもしらず。あえなき

わざなりや。ことにれいの人めいたる御しつらひ

なく。いと事そぎ給めりしかど。いと物きよげに

かきはらひ。あたりおかしくもてない給へりし

御すまいも。だいとこ(大徳)たちいで入。こなたかなた引

へだてつゝ。御念ずのぐ(具)ともなどぞかはらぬ

 

 

27

さまなれど仏はみなかの寺にうつし奉りてん

とすと聞ゆるをきゝ給にも。かゝるさまの人かげ

などさへたえはてんほど。とまりて思給はん御

心ちどもをくみ聞え給も。いとむねいたうおぼし

つゞけらる。いたく暮侍ぬと申せはながめさし

てたち給に。雁なきてわたる

 (薫)秋ぎりのはれぬ空い(居)にいとゞしくこの世

をかりといひしらすらん兵部卿宮にたいめんし

給ふ時はまづこの君だちの御ことをあつかひぐ

さにし給ふ。いまはさりとも心やすきをとおぼ

して宮は念ごろに聞え給けり。はかなき御かへ

 

りも聞えにくゝつゝましきかたに女がたはおぼ

いたり。よにいといたうすきたまへる御なのひろご

りて。このましくえんいのぼさるべかめるに。かう

いとうづもれたるむぐらのしたよりさしいでた

らんてつきも。いかにうい/\しくふるめきたらん

など思ひくし給へり。さてもさましうてあけ

くらさるゝ月日なりけり。かくたのみがたかりける

御世をきのふけふとおもはでたゞおほかた定

なきはかなさばかりをあけくれのことに。きゝ見

しかど。我も人もをくれさきだつほどしもやは

へ(経)ん。など打思けるよ。きしかたを思ひつゞくる

 

 

28

も何のたのもしげなるよにもあらざりけれど

たゞいつとなくのどかにながめすぐし。物をそろ

しくつゝましきこともなくて。へつるものを

風邪のをともあらゝかにれい見ぬ人かげもうちつれ。

こはつくればまづむねつぶれて物おそろしく

わびしうおぼゆることさへ。そひにたるがいみじ

うたへがたきことゝ。づた所うちかたらひつゝほ(干)す

よ(世)もなくて過し給に年もくれにけり。ゆきあら

れふりしくころはいづくもかくこそはあるかぜの音

なれど。いまはじめて思ひいりたらんやまずみ

の心ちし給。をんなばらなど。あはれ年はかはり

 

なむとす。こころぼそくかなしきことをあらたまるべ

き春まちいでしかなと心をけたずいふもあり

かたきことかなときゝ給。むかひの山にも時々

の念仏にこもり給しゆへこそ。人もまいりかよ

ひしが。あざりもいかゞとおほかたにまれにを

とづれ聞ゆれど。今はなにしにかはほのめき参

らん。いとゞ人めのたえはつるもさるべき事とおも

ひながらいとかなしくなん。なにとも見ざりし

やまがつもおはしまさでもち。たまさかにさし

のぞきまいるはめづらしくおぼえ給ふ。このごろ

の事とてたきゞ。このみひろひてまいる山人ども

 

 

29

あり。あざりのむろ(室)よりすみ(炭)などやうの物たて

まつるとて。とし頃にならひ侍りにけるみやづ

かへの今とてたえ侍らんが心ぼそきになんとき

こえたり。かならず冬ごもる山風ふせぎつべきわ

たぬきなどつかはしゝをおぼし出てやり給ふ。

法師ばらわらべなどの。のぼり行もみえ見みえ

ずみ(見えみ見えずみ)。いと雪深きをなく/\たちいでゝ見をくり

給。御ぐしなどおろい給ても。さるかたにておはし

まさましかば。かやうにかよひまいる人もをのづ

からしげからまし。いかにあはれに心ぼそくと

も。あひ見たてまつる事たえてやまゝしやは

 

などかたらひ給ふ

 (大君)君なくていは(岩)のかけみちたえしより松の

雪をもなにとかはみる 中の君

 (中の君)おく山のまつ葉につもる雪とだにきえにし

人をおもはましかばうらやましくぞ又もふりそ

ふや。中納言の君あたらしきとしはふとしもえ

とふらひきこえざらんとおぼしておはしたり。

雪もいと所せきに。よろしき人だにみえずなり

にたるを。なのめならぬけはひして。かろらかに

物し給へる心ばへのあさうはあらず思ひしられ

給へれば。れいよりは見いれておましなどひき

 

 

30

つくろはせ給ふ。すみぞめならぬ御火をけ物のお

くなるとりいでゝ。ちりかきはらひなどするに

つけても。宮のまちよろこび給し御けしき

などを人々も聞えいづ。たいめし給事をば

つゝましくのみおぼいたれど。思ひぐまなきやう

に人の思給へれば。いかゞはせんとて聞え給。うち

とくとはなけれど。さき/\よりはすこしことば

つゞけてものなどの給へるさま。いとめやすく心

はづかしけなり。かやうにてのみは。えすぐしは

つまじとおもひなり給も。いとうちつけなる心

かな。なをうつりぬべき世なりけりと思ひい給へり。

 

宮いとあやしくうらみ給ふことの侍かな。あは

れなりし御ひとことをうけたまはりをきしさ

まなど。ことのついでにもやもらしきこえたり

けん。又いとくまなき御心のさがにて。をしはかり

給にや侍らん。こゝになんともかくも聞えさせ

なすべきとたのむを。つれなき御けしきなるは

もてそこなひきこゆるぞとたび/\えんじ

給へば。心よりほかなることゝ思給へれど。里のしるべ

いとこよなうもえあらがひ聞えぬを。なにかは

いとさしももてなし聞え給ふらん。すい給へ

るやうに人は聞えなすえかめれど。心のそこあ

 

 

31

やしくふかうおはする宮なり。なをさり事

などの給ふわたりの心かろうてなびきやす

なるなどをめづらしからぬ物に思ひおとし給

にやとなんきくことも侍り。何事にもあるに

したがひて心をたつるかたもなく。おどけたる人

こそたゞ世のもてなしにしたがひて。とあるも

かゝるもなのめに見なしすごし。心にたがふふし

あるにもいかゞはせん。さるべきにそなども思ひな

すべかめれば。なか/\心なかきためしになるやう

もあり。くづれそめては。たつたの川のにごる名を

もけがし。いふかひなく名残なきやうなること

 

などもみなうちまじるめれ。心のふかくしみ給

べかめる。御心ざまにかなひことにそむくことおほ

くなどものし給はざらんをば。さらにかろ/\゛し

くはじめおはりたがふやうなることなどみせ給

まじきけしきになん。人の見たてまつりしら

ぬことをいとよう見聞えたるをもしにつかはし

ぐさもやとおほしよらば。そのもてなしなどは

心のかぎりつくしてつかうまつりてんかし。御な

かみちの程みだりあしこそいたからめど。いとまめ

やかにていひつゞけ給へば。我みづからのことゝはお

ぼしもかけず人のおやめきていらへんかしと

 

 

32

おぼしめぐらし給へど。猶いふべきことのはもなき

心ちして。いかにとかはかけ/\しげにの給つゞ

くるに。中々聞えんこともおほえ侍してと。う

ちわらひ給へるもおいらかなるものから。けはひ

おかしう機構。かならず御みづからきこしめし

おふべき事とも思給へず。それはゆきをふみわ

けて参りきたる心ざしばかりを御らんじわ

かむ。御このかみ心にてもすぐさせ給てよかし。かの

御心よせは又ことにぞ侍るべかめる。ほのかにの給ふ

さまも侍めりしを。いさやそれも人のわききこえ

がたきことなり。御返などはいづかたにかはきこえ

 

給ふととひ申給ふに。ようぞたはふれにもき

こえざりける。なにとなけれどかうの給にも。いか

にはづかしうむねつぶれましと思に。えこたへや

り給はず

 (大君)雪ふかき山のけkはし君ならで又ふみかよふ

あとをみぬかなとかきてさしいで給へれば。御物あ

らがひこそ中々心をかれ侍ぬべけれとて

 (薫)つらゝとぢこま(駒)ふみしだく山川をしるべしが

てらまづやわたらんさらばしもかげさへみゆる

しるしもあさうは侍らじと聞え給へば。おもはず

にものしうなりて。ことにいらへ給はずけざやか

 

 

33

にいと物とをく。すくみたるさまにはみえ給はねど今

やうのわか人たちのやうにえん(艶)げにももてなさ

で。いとめやすくのどやかなる心ばへならんとぞを

しはかられ給。人の御けはひなるかうこそはあら

まほしけれと思ふに。たがはぬ心ちし給。ことに

ふれてけしきばみよるもしらずがほなるさま

にのみもてなし給へば。心はづかしうて。むかし物

がたりなどをぞ物まめやかに聞え給。くれはて

なば。雪いとゞ空もとぢぬべう侍り。と御ともの人

こはづくれば。かへ給なんとて心ぐるしう見

めぐらさるゝ御すまいのさまなりや。たゞ山里

 

のやうにいとしづかなる所の人もゆきまじら

ぬ所侍るを。さもおほしかけばいかにくれしく侍

らんなどの給もいとめでたかるべき事かなとかた

みゝにきゝて。打えむ女ばらのあるをなかのみや

はいとみぐるしういかにさやうにはあるべきぞと見

聞い給へり。御くだものよしあるさまにて参り御

ともの人々にも。さかななどめやすきほどにて

かはらけさしいでさせ給けり。後御うつりがもてさ

はがれしとのい(宿直)人ぞ。かづらひげ(鬘鬚)とかいふつらつき。心

づきなくてある。はかなの御たのもし人やと見給

てめしいでたり。いかにそおはじまさで後心ほそ

 

 

34

からんなどとひ給。うちひそみつゝ心よはげ

にな(泣)く。世の中にたのむよるべも侍らぬ身にて。ひと

ところの御かげにかくれて三十よ年をすぐし侍り

にければ。今はまして野山にまじり侍らんも

いかなる木のもとをかはたのむべく侍らんと申て

いとゞ人わろ気(げ)なり。おはしましゝかたあけさせ

給へれば。ちりいたうつもりてほとけのみぞ花の

かざりおとろへず。おこなひ給けりと見ゆる御ゆか

まどとりやりて。かきはらひたり。ほいをもとけは

とちきりきこえしことおもひいでゝ

 (薫)立よらんかげとたのみししいがもと(椎が本)むなしき

 

とこになりにけるかなとてはしらによりい給へ

るをも。わかき人々はのぞきてめでたてまつる。

日くれぬればちかき所々にみさう(御荘)などつかうま

つる人々に。みまくさ(御秣)とりにやりける。君もしり

給はぬに。いならびたる人々おどろ/\しくひ

きつれ参りたるを。あやしうはしたなきわざ

かなと御らんずれど。おい人にまぎらはし給つ。

おほかたかやうにつかうまつるべく仰をきて出給

ぬ。 年かはりぬれば空のけしきうらゝかなるに

みぎはの氷とけわたるにつけても有がたくもと

ながめ給。聖のばうより雪ぎえにつみて侍るな

 

 

35

りとてさは(沢)のせり(芹)蕨など奉りたり。いもい(斎)の御

だい(台)にまいれる所につけてはかゝる草木のけしき

に随ひて。行かふ月日のしるしもみゆるこそおかし

けれなど人々のいふを。何のおかしきならんと聞

 (大君:姉君)君がお(折)る峯のわらびと見ましかばしられや

せましはるのしるしも

 (中の君:妹君)雪ふかきみぎはのこぜり(小芹)たがためにつみかはや

さむ親なしにしてなどはかなき事どもをう

ちかたらひつゝあけくらし給。中納言殿よりも

宮よりもおりすぐさすとふらひ聞え給。うるさ

 

く何となき事おほかるやうなれば。れいのかきも

らしたるなめり。花ざかりのころ宮かざし(「かざし」という歌)をおぼし

いでゝ。そのおり見聞給し君だちなども。いとゆへ

ありしみこ(親王)の御すまいも又も見ずなりにし事

など。おほかたのあはれをくち/\゛きこゆるにいと

ゆかしうおぼされけり

 (匂宮)つてにみし宿の桜をこの春はかすみへだてずお

りてかざゝむと心やりての給へりけり。あるま

じき事かなと見給ながら。いとつれ/\゛なるほど

に見所ある御ふみのうはべばかりをもてけ(消)たじ

とて

 

 

36

 (中の君)いづくとかたづねておらん炭ぞめにかすみこめ

たるやどのさくらを なをかくさしはなちつれ

なき御けしきのみゆれば。まことに心うしとお

ぼしわたる御心いあまり給ては。たゞ中納言

とさまかうさまにせめうらみ聞え給へば。おかし

と思いながら。いとうけばりたるうしろみがほに

打いらへ聞えて。あだめいたる御心ざまをも見あら

はす時々は。いかでかかゝらんには。など申給へば。

宮も御心づかひし給ふべし。心にかなふあたりを

まだみつけぬほどぞやとの給。おほいとのゝ六の君

をおぼしいれぬ事。なまうらめしげにおとゞもお

 

ぼしたりけり。されどゆかしげなきなからひなる

うちにも。おとゞのこと/\しくわつらはしくて何

事のまぎれをも見とがめられんがむつかしきと

したにはの給ひてすまひ給。其とし三条の見たうあ

けて入道の宮も六条院にうつろひ給ひ。なにぐれと

ものさはがしきにまぎれて宇治のわたりを久

しうをとづれ聞え給はず。まめやかなる人の御

心は又いとことなりければ。いとのどかにをのが物とは

打たのみながら女の心ゆるひ給はざらんかぎりは。

あざればみ。なさけなきさまにみえじと思つゝ。昔

の御心忘ぬかたをふかく見しり給へとおぼす。そ

 

 

37

の年常よりもあつさを人々わぶるに。川づら

すゞしからんはやと思い出て。俄にまうで給へり

あさすゞみの程に出給けれど。あやにくにさし

くる日影もまばゆくて宮のおはせし西のひさし

にとのいの人めし出ておはす。そなたのもや(母屋)の仏の御

まへに君達物し給けるを。けぢか(気近)からじとてわか

御方にわたり給。御けはひ忍びたれどをのづから

うち見じろきほどちかう聞えければ。なをあらじ

に。こなたにかよふさうのはしのかたに。かけかね

したる所にあなのすこしあきたるを見をき給へ

りければ。とにたてたる屏風をひきやりて見給ふ。

 

こゝもとに几帳をそへたてたるあな口おしと思ひ

て。ひきかへるおりしも風邪のすだれをいたうふきあ

ぐべかめれば。あらはにもこそあれ。そのみ木丁をし

出てこそといふ人あなり。おこがましき物のうれ

しうて見給へば。たかきもみじかきも木丁をふた(二)

ま(間)のす(簾)にをしよせて。此さうじ(障子)にむかひてあき

たるさうじよりあなたにとをらんとなりけり。

まづひとり立出てき丁よりさしのぞきて。此御

ともの人々のとかうゆきちがひすゝみあへるを見

給ふなりけり。こきいび色のひとへに。くはんざう(萱草)

のはかまの。もてはやしたる中々さまかはりて

 

 

38

花やかなりとみゆるはきなし給へる人がらなめり。

おびはかなげにしなしてずゝ(数珠)ひきかくしても(持)給

へり。いとそびやかにやうだいおかしげなる人の。かみ(髪)

うちき(袿)にすこしたらぬほどならんと見えて。す

えまでちり(塵)のまよひなく。つや/\とこちたう

うつくしげなり。かたはらめなどあならうたげと

みえて。匂ひやかにやはらかにおほときたるけ

はひ。女一宮もかうさまにぞおはすべきと。ほの見た

てまつりしも思ひくらべられて打なげかる。又い

ざり出てかのさうじはあらはにもこそあれと見

をこせ給へる。よういうちとけたらぬさまして

 

よしあらんとおぼゆ。かしらつきかんざいのほど

今すこしあてになまめかしさまさりたり(さまなり)。あな

たに屏風もそへてたてゝ侍りつ。いそぎてしも

のぞき給はじとわかき人々なに心なくいふあ

り。いみじうもあるべきわざかなとてうしろめた

げにいざり入給程けたかう心にくきけはひそ

ひてみゆ。くろきあはせひとかさね。おなじやうなる

色あひをき給へれど。これははづかしうなまめ

きて哀げに心くるしうおぼゆ。かみさばらかなる

程におちたるなるべし。すえすこしほそりて

いろなりとかいふめる。ひすい(翡翠)だちていとおかしげに

 

 

39

いとをよりかけたるやうなり。紫のかみ(紙)にかきたる

経をかたて(片手)も(持)給へるてつき。かれよりもほそさ。ま

さりて。やせ/\なるべし。たちたりつるきみも。さう

じぐちにいて。なにごとにかあらん。こなたをみ

をこせてわらひたる。いとあひぎやうづきたり

 

 

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 121

Trending Articles