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源氏物語(二十)朝顔

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読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567578

 

1

朝顔

 

2

斎院は御ぶくにておりい給にきぞかし。おとゞ

れいのおぼしそめつる事たらぬ御くせにて

御とふらひなどいとしげう聞え給ふ。宮

わづらはしかりし事をおぼせば御返りもうち

とけて聞え給はず。いとくちおしとおぼし

わたる。長月になりてもゝ園の宮にわたり

給ぬるをきゝて。女五の宮のそこにおはすれば

そなたの御とふらひにことつけてまうで給ふ。

古院此みこたちをば心ことにやん事なく思

ひ聞こえ給へりかば。今もしたしくつぎ/\

聞えかはし給ふめり。おなじしん殿の西ひん

 

 

3

がしにそ住給ける。ほどもなくあれにけるこゝ

ちしてあはれにけはひしめやかなり。宮たい

めんし給て御ものがたりきこえ給ふ。いとふる

めきたる御けはひしはぶきがちにおはす。この

かみにおはすれど。ゆえ大殿の宮はあらまほしく

づりがたき御有さまなるをもてはなれ。こえ

ふつゝかにこち/\しくおぼえ給へるもさる

かたなり。院のうへかくれ給て後。よろづ心ぼそく

おぼえ侍りつるに。としのつもるまゝにいと

なみだがちにて。すくし侍るをこの宮さへかく

うちすて給へればいよ/\あるかなきかにと

 

まり侍を。かくたちよりとはせ給になん物

忘れしぬべくも侍りと聞え給。かしこくもふり

給へるかなとおもへど。うちかしこまりて院か

くれ給ひて後は。さま/\゛につけておなじ世の

やうにも侍らずおほえぬ。つみにあたり侍り

てしらぬよにまどひ侍しを。たま/\おほや

けにかずまへられたてまつりては。またとり

みだりいとまなくなどしてとし頃も参りて

いにしへの御物語をだにきこえうけ給はらぬ

をいぶせく思ふ給へわたりつゝなんなど聞え

給ふをいとも/\あさましくいづかたにつけて

 

 

4もさだめなき世をおなじさまにて見給へす

ぐすいのちながさのうらめしき事おほく侍

れど。かくて世に立かへり給へる御よろこびに

なんありしとし頃をみたてまつりさして

ましかが口おしからましとおぼえ侍るとうち

わなゝき給て。いときよらにねびまさり給

ひにけるかな。わらはに物し給へりしをみた

てまつりそめしとき世にかゝるひかりのい

でおはしたる事とおどろかれ侍しをとき/\

み奉ることにゆゝしくおほえ侍てなん。内

のうへなんいとよく似奉らせ給へると人々聞ゆ

 

るを。さりともおとり給へらんとこそをしは

かり侍れと。なが/\と聞え給へば。ことにかく

さしむかひて人のほめぬわざかなとおかしく

おぼす。やまがつになりていたうおもひくづを

れ侍し年ごろの後こよなくおとろへにて

侍る物を。うちの御かたちはいにしへの世にも

ならぶ人なくやとこそありがたくみたてま

つり侍れ。あやしき御をしばかりになんと

聞え給ふ。時々み奉らばいとゞしきいのちや

のひ侍らんけふは老もわすれうきよのなげき

みなさりぬる心ちなんとても又ない給ふ。三宮

 

 

5

うらやましくさるへき御ゆかりそひてしたし

くみ奉り給ふをうらやみ侍る。このうせ給

ぬるもさやうにこそくひ給ふおり/\ありし

かとの給にぞ。すこしみゝとまり給ふ。さも

さふらひなれなましかば。今に思ふさまに侍

らまし。みなさしはなたせ給ひてとうら

めしげにけしきばみきこえ給ふ。あなたの御

まへをみやり給へば。かれ/\゛なる前栽のこゝろ

ばへもことにみわたされて。のどやかにながめ

給ふらん御ありさま。かたちもいとゆかしく

あはれにてえねんじ給はでかくさふらひ

 

たるついでをすぐし侍らんは。心さしなきやう

なるをあなたの御とふらひ聞ゆべかりけりと

て。やがてすのこよりわたり給ふ。くらうなり

たる程なれば。にび色のみすにくろき御几帳

のすきがけ。哀にをひかぜなまめかしくふき

とをしけはひあらまほし。すのこはかたはら

いたければ。南のひさしにいれたてまつる。せん

じたいめんして御せうそこは聞ゆ。今さらに

わか/\しきこゝちするみすのまへかな。神さ

びにける年月のらうかぞへられ侍るに。今は

内外もゆるさせ給ひてんとぞたのみける

 

 

6

とてあらずおぼしたり。ありし世はみな夢に

見なして。今なんさめてはかなきにやと思

給へさだめがたく侍るに。らうなどは。しづかにや

さだめ聞えさすべう侍らむときこえいだし

給へり。げにこそさだめがたき世なれと。はか

なき事につけてもおぼしつゞけける。

 (源)人しれず神のゆるしをまちしまにこゝら

つれなき世をすぐすかないまはなにのいさ

めにかかこたせ給はんとすらん。なべて世にわ

づらはしき事さへ侍し後。さま/\゛に思ふ

給へあつめしかな。いかでかたはしをだにと

 

あながちに聞え給ふ御よそいなどもむかし

よりもいますこしなまめかしきけさへそひ

給ひにけり。さるはいといたうすぐし給へど。御

位のほどにはあはざめり

 (朝顔)なべて世のあはればかりをとふからにち

かひしことゝかみやいさめんとあれはあな心

う。其世のつみは見なしなどの風にたぐへてき

との給ふ。あいぎやうもこよなし。みそぎも神は

いかゝ侍らんなど。はかなきことを聞ゆるも。ま

めやかにはいとかたはらいたし。よづかぬ御あり

さまはとし月にそへても物ふかくのみひきいり

 

 

7

給ひてえ聞え給はぬをみ奉なやめり

すき/\゛しきやうになりぬるをなど浅は

かならずうちなげきてたち給ふ。よはひの

つもりにはおもなくこそなるわざなりけれ。

よにしらぬやつれをいまぞとたに聞えさす

べくやはもてなし給ひけるとて。出給ふ名残

所をきまでれいの聞えあへり。おほかたの空

もおかしきほどに木葉(このは)のをとなひにつけ

ても。すぎにし物のあはれとりかへしつゝ

そのおり/\おかしくも哀にもふかくみえ給

ひし御心ばへなどにも思ひ出聞えさす。こゝろ

 

やましくてたちいて給ぬるはましてねざめ

がちにおぼしつゞけらる。とくみかうしまいら

せ給て朝霧をなかめ給かれたつ花ともの中

にあさかほのこれかれにはひまつはれてある

かなきかにさきて匂ひもことにかはれるをおら

せ給ひて奉れいふけざやかなりしみもて

なしに人わろき心ちし侍りて。うしろでも

いとゞいかゝ御らんじけんとねたくされと

 (源)みしおりの露わすられぬあさがほの花の

さかりはすきやしぬらんとし頃のつもりも

哀とばかりはさりともおほししるらんやと

 

 

8

なんかつはなど聞へ給へり。をとなびたる御文

の心ばへにおぼつかなからんも見しらぬやうに

やとおほし人々も御すゝりとりまかなひ

て聞ゆれは

 (朝顔)秋はてゝきりのまがきにむすほられあるか

なきかにうつるあさかほにつかはしき御よそ

へにつけても露けくとのみあるは。なにのおかし

きふしもなきをいかなるにかをきがたく御

らんぜめり。あをにびのかみのなよひやかなる

墨つきはしもおかしくみゆめり。人の御ほど

かきざまなどにつくろはれつゝ。其おりはつみ

 

なき事もつき/\゛しうまねびなすには。ほゝ

ゆかむこともあめればこそ。さかしらにかきまぎら

はしつゝおぼつかなき事もおほかりけり。

たちかへりいまさらにわか/\しき御文かきな

どもにげなきことゝおぼせど。なをかくむかし

よりもてはなれぬ御けしきなからくちおし

くてすきぬるを。思ひつゝえやむまじくお

ぼさるれば。さらかへりてまめやかに聞え給ふ。

東のたいにはなれおはして。せんじをむかへつゝ

かたらひ給。さふらふ人々のさしもあらぬきは

のことをだになびきやすなるなどはあやま

 

 

9

りもしつべくめてきこゆれど。宮はそのかみ

たにこよなくおぼしはなれたりしを。いまは

ましてたれもおもひなかるべき御よはひおほ

えにてはかなき木草につけたる御かへりな

どの。おりすぐさぬもかる/\しくやとりな

さらんなど人のものいひをはゝかり給つゝ

打とけ給へき御けしきもなければ。ふりが

たく。おなじさまなる御心ばへを。世の人にかは

りめづらしくもねたくも思ひ聞え給。世中

にもり聞えて前斎院を年頃に聞え給へば

なん。女五の宮などもよろしくおぼしたなり

 

にげなからぬ御あはびなんなどいひけるを。

たいのうへはつたへきゝ給ひて。しばしはさりとも

さやうならん事もあらば。へたてゝはおぼした

らじとおぼしけれど。うちつけにめとゝめ聞え

給ふに御けしきなどもれいならずあくがれ

たるも心うく。まめ/\しくおはしなるらん

ことをつれなくたはふれにいひなし給ひけん

よと。おなじすぢにはものし給へど。おぼえこ

とにむかしよりやん事なく聞え給ふを。

御心などうつりなばはしたなくもあべい

かなと年頃の御もてなしなどはたちならぶ

 

 

10

かたなく。さすがにならひて人にをしけたれん

事など人しれずおぼしなげかる。かきたえ

名残なきさまにはもてなし給はずとも。いと

物はかなきさまにてみなれ給へるとし事の

むつび。あなづらはしきかたにこそはあらめなど

さま/\に思みだれ給ふに。よろしきことこそ

打えじなどにくからず聞え給へ。まめやかに

つらしとおぼせば色にもいだし給はず。はし

ちかうながめがちにうち住しげくなり。やくと

は御文をかき給へば。げに人の事はむなしかるまし

きなめり。けしきをだにかすめ給へかしと

 

うとましくのみ思ひ聞え給ふ。冬つかたかん

わざなどもとまりてさう/\゛しきにつれ/\゛

とおぼしあまりて。五の宮にれいのちかづきま

いり給ふ。雪打ちりてえんなるたそかれど

きに。なつかしき程になれたる御ぞ共をいよ/\

たきしめ給て。心ことにけさうじくらし給へ

れば。いとゞ心にはからむ人はいかゞとみえたり。

さすがにまかり申はた聞え給ふ。女五の宮の

なやましくし給ふなるをとふらひ聞えに

なんとてついい給へれど。みもやり給はず若

君をもてあそびまぎらはしおはする。そば

 

 

11

めのたゞならぬをあやしく御気色のかはれる

べきころかは。つみもなしや。塩やき衣のあまり

めなれみだてなくおぼさるゝにやとて。とだえ

をくをまたいかゝなどきこえ給へば。なれゆく

こそげにうき事おほかりけれとばかりにてう

ちそむきてふし給へるは。みすてゝ出給ふみち

ものうけれど。宮に御せうそこ聞え給てげ

ればいで給ぬ。かゝりけることも有ける世をう

らなくてすぐしけるよと思つゞけてふし

給へり。にびたる御ぞどもなれど色あひかさ

なりこのましくなか/\みえて雪の光に

 

いみじくえんなる御すがたをみいだしてまこ

とにかれまさり給はゞと忍びあへずおぼさる。

御せんなどしのびやかなるかぎりして。うち

よりほかのありきはものうき程になりにけり

や。もゝぞのゝみやの心ぼそきさまにて物し

給も。式部卿宮に年頃はゆづり聞えつるを。今は

頼むなとおぼしの給ふことはりにいとおし

ければなど人々にもの給ひなせど。いでや

すき心のふりがたきぞあたら御きずなめる

かる/\゛しきことも出来なんなどつぶやき

あへり。宮にはきたおもての人しげきかたなる

 

 

12

みかどは入給はんもかろ/\しけれはにしなるか

こと/\しきを人いれさせ給ひて宮の御かた

に御せうそこあれば。けふしもわたり給は

じとおぼしけるを。おどろきてあけさせ給ふ。

みかどもりさむけなるけはひ。うすゝき

出きて。とみにもえあけやらず。これより外

のおのこはたなきなるべし。こぼ/\とひきて

じやうのいといたくさびにければ。あかずとう

れふる事を哀ときこしめす。きのふけふとお

ぼすほどに三そとせ(三とせ)のあなたにもなりに

ける。かゝるをみつゝかりそめのやどりをえ思ひ

 

すてず。木草のいろにもこゝろをうつすよとお

ぼししらる口ずさひに

 (源)いつのまによもぎかもととむすぼゝれ雪

ふるさとゝあれしかきねぞやゝひさしう

ひこしらひあけていり給ふ。宮の御かたに

れいの御物語聞え給にふる事どもの。そ

こはかとなきうちはじめきこえつくし給へ

ど。御みゝもおどろかす。ねふたきに宮もあくび

うちし給ひて。よひまどひをし侍れば。もの

もえ聞えやらずとの給ふほどもなく。いび

きとかきゝしらぬをとすれば。よろこびなから

 

 

13

たち出給はんとするにまたいとふるめかしき

しはぶきうちして参りたる人有。かしこけれど

きこしめしたらんとたのみ聞えさするを。

世にあるものともかずまへさせ給はぬになん。

院の上はおばおとゞとわらはれ給しなど名

のり出るにぞおぼしいづる。源内侍のすけと

いひし人は尼に成てこの宮に御でしにてなん

おこなふと聞しかど。今まであらんともた

つねしり給はざりつるをあさましうなり

ぬ。そのよのことばみなむかしがたりになり

行をはるかに思ひいづるも心ぼそきに。うれし

 

き御声かな。おやなしおにふせるたび人とはぐ

くみ給へかしとてよりい給へる御けはひに

いとゞむかし思ひいてつゝふりかたくなまめ

かしきさまにもてなしていたうすけ見に

たる口つき思ひやらるゝこはつつかひのさすか

にしたつきにてうちされんとは猶思へりいひ

こしほどになど聞えかゝる。まばゆさよいまし

もきたる老のやうになとほゝえまれ給ふ

物から。ひきかへこれもあはれなり。このさかりに

いどみ給ひし女御かういあるはいたすらなく

なり給ふ。あるはかひなくてはかなき世に

 

 

14

さすらへ給ふもあべかめり。入道の宮などの御よ

はひよあさましとのみおぼさるゝ世に。とし

の程みの残りすくなげさに心ばへなども物

はかなくみえし人のいきとまりてのとやかに

おこなひをもうちしてすくしけるは猶すへ

てさだめなき世なりとおぼすにも。哀あんる

御けしきを心ときめきにおもひてわかやぐ

 (内侍)年ふれどこの契りのこそ忘られぬおやのおや

とかいひし一ことゝ聞ゆればうとましくて

(源)身をかへて後もまちみよ此世にておやを

わするゝためしありやとたのもしき契り

 

ぞや。今のとかにそ聞えさすべきとてたちた編

ぬ。にしおもてにはみこうし参りたれど。いと

ひ聞えがほならんもいかゞとて一ま二まはお

ろさず。月さし入てうすらかにつもれる雪の

光にあひてなか/\おもしろきよのさ

まなり。ありつるおいらくのこゝろけさうも

よからぬもののよのたとひとかきゝしとおぼし

出られておかしくなん。今夜はいとまめやか

に聞え給ひて。一ことにくしなども人づて

ならでの給はせんを。思ひたゆるふしにも

せんとおり立てせめ聞え給へど。むかしわれも

 

 

15

人もわかやかにつみゆるされたりし世にだに

古宮などの心よせおぼしたりしをなをあ

るまじくはづかしと思聞えてやみにしを。

世のすえにさだすぎ。つきなきほどにて一

こえもいとまばゆからんとおぼしてさらに

うごきなき御心なればあさましうつらしと

思聞え給さすかにはしたなくさしはなち

てなとはあらぬ人つての御返しなとそ心や

ましきやよもいたう更行に風のけはひ

はげしくてまことにいと物心ほそくおほゆ

れはさまよき程にをしのこひ給ひて

 

 (源)つれなさをむかしにこりぬ心とこそ人のつら

きにそへてつらけれ心づからのとの給ひすさ

ふるを。げにかたはらいたしと人々れいの

きこゆ

 (斎院)あらためてなにかはみえむ人のうへにかゝり

ときゝし心ばかりを昔にかはる事はならはず

など聞え給へり。いふかひなくていとまめや

かにえむしきこえていで給ふもいとわか/\

しき心ちし給へばいとかく世のためしになり

ぬべき有さまもらし給なよ。ゆめ/\いさら

川などもなれ/\しやとてせちにうちさゝ

 

 

16

めきかたらひ給へど。なにことにかあらん。人々

もあなかたじけなあながちに情をくれても

てなし聞え給ふらんかるらかにをしたちて

などはみえ給はぬ御けしきをこゝろぐるしう

といふ。へに人の細のおかしきにも哀にもお

ぼししらぬにはあらねど。物思ひしるさまに見

え奉るとてをしなべての世の人のめできこゆ

らんつらにや思なされんかつはかる/\゛しき

心のほどもみしり給ぬべくはづかしげなめる

ありさまをとおぼせば。なつかしからんなさ

けもいとあひなし。よその御かへりなどはうち

 

たえておぼつかなかるましき程に聞え給ふ

人つての御いらへはしたなからてすくしてん

とし頃しづみつるつみうしなふはかり御おこな

ひをとはおぼしたてど。俄にかゝる御事をしも

もてはなれがほにあらんもなか/\いまめかし

きやうにみえ聞えて人のとりなじやはと。よ

の人のくちさがなさをおぼししりにしかば

かつさふらふ人にもうちとけ給はず。いたう御心

ふかひし給ひつゝやう/\御おこなひをのみ

し給ふ。御はらからのきんだちあまたものし

給へど。ひとつ御腹ならねばいとうと/\しく

 

 

17

宮のうちいとかすかになりゆくまゝに。さば

かりめでたき人の年頃に御心をつくし聞え

給へばみな人心をよせ聞ゆるもひとつ心と

みゆ。おとゞはあながちにおぼしいらるゝにしも

あらねど。つれなき御けしきのうれたきにま

けてやみなんとも口おしく。げにはた人の御あり

さまよのおぼえことにあらまほしく物をふ

かくおぼししり。世の人のとあるもかゝるけぢ

めも聞あつめ給てむかしよりもあまたへ

まさりておぼさるれば今さらの御あたけも

かつは世のもどきをもおぼしながらむなし

 

からむはいよ/\人わらへなるべし。いかにせんと御

心うごきて二条院に夜がれかさね給ふを。女君はた

はふれにくゝのみおぼす。しのひ給へどいかゞう

ちこぼるゝおりもなからん。あやしくれいならぬ

御けしきこそ心得かたけれとて。御くしをかき

やりつゝいとおしとおぼしたるさまもえにかく

まほしき御あはひなり。宮うれ給て後うへ

のいとさう/\゛しげにのみ世をおぼしたるも心

ぐるしうみ奉り。おほきおとゞも物し給はで

みゆづる人なきことしげさになん。此ほどのた

えまなどをみならはぬ事におぼすらんも

 

 

18

ことはりに哀なれど。今はさりとも心のとがに

おほせおとなび給ひためれどまだいと思ひ

やりもなく人の心もみしらぬさまに物し

給ふこそらうたけれなど。まろがれたる御ひた

いかみひきつくろひ給へど。いよ/\そむきても

のも聞え給はず。いといたうわがひ給へるはたが

ならはし聞えたるぞとて。つねなき世にかく

まで心をかるゝもあぢきなのわざやとかつは

打ながめ給ふ。さい院にはかなしごと聞ゆるや

もしおぼしひがむるかたある。それはいともて

はなれたつことぞよ。をのつから見給ひてん。昔

 

よりこよなうけ遠き御心ばへなるを。さう/\゛

しきおり/\たゞならで聞えなやますに。かし

こもつれ/\゛にものし給ふところなれば。たま

さかの御いらへなどし給へど。まめ/\しきさま

にもあらぬを。かくなんあるとしもうれへ聞ゆべ

きことにやは。うしろめたうはあらじとを思な

をし給へなど。日ひとひなぐさめ聞え給ふ。雪

のいやうふりつもりたるうへに。今もちりつゝ

松と竹とのけぢめおかしうみゆるふゆぐれに。

人の御かたちもひかりまさりてみゆ。時々に

つけても人の心をうつすめる花紅葉のさかり

 

 

19

よりも。冬の夜のすめる月に雪の光あひ

たる空こそ。あやしういろなきものゝみにし

みて。この世のほかの事まで思ひながされ

おもしろさもあはれさものこらぬおりなれ。

すさまじきこめしにいひをきけん人の

心あさゝよとて。みすまきあげさせ給ふ。月は

くまなくさし出て。ひとつ醫とにみえわたされ

たるに。しほれたる前栽のかげ心ぐるしう。やり

色もいといたうむせびて行けのこほりもえもい

はずすごきにわらはべおろして雪まろばし

せさせ給ふ。おかしげなるすがたかしらつき

 

ども月にはへておほきやかになれたるさま/\゛

の。あこめみだれきほびしどけなきとのいす

がた。なまめいたるにこよなうあまれるかみの

すえしろきには。ましてもてはやしたるいと

けざやかなり。ちいさきはわらはげて。よろこび

はしるに。あふぎなどもおとしてうちとけ

がほおかしげなり。いとおほうまろばさむと

ぐくつけかれど。えもをしうごかさでわぶめり。

かたへは東のつまなどに出いて。心もとなげに

わらふ。一とせ中宮の御前にゆきの山つくられ

たりし世にふりにたることなれど。猶めづらし

 

 

20

くもはかなき事をしなし給へりし哉。なにの

おり/\につけても口おしうとあかずもあるかな

いとけとをくもてなし給ひて。くはしき御

ありさまをみならし奉しことはなかりし

かど。御まじらひのほどにうしろやすき物

にはおぼしたりきかし。うちたのみ聞えて。とあ

る事かゝるおりにつけてなに事も聞えかよ

ひしにもて出てらう/\しき事もみえ給

はさりしかど。いふかひありて思うさまにはか

なきことわざをもしなし給ひしばや。よに又

さばかりのたぐひ有なんや。やはらかにをびれ

 

たる物から。ふかうよしづきたる所のならひなく

物し給ひしを。気味こそはさいへd.むらさきのゆへ

こよなからずものし給ふめれど。すこしわづら

はしきけそひてかと/\しさのすゝみ給へる

やくるしからん。前斎院の御心ばへはまたさまこ

とにぞ見ゆる。さう/\゛しきに。なにとはなく

ともきこえあはせ。われも心づかひせらるべき

御あたりたゞこの一ところや世にのこり給へらん

との給ふ。内侍のかみここそはらう/\しく。ゆへ/\

しきかたは人にまさり給へれ。あさはかなるすぢ

なともてはなれ給へりける人の御心を。あやし

 

 

21

くも有ける事ともかなとの給へば。さかしなま

めかしうかたちよき女のためしには猶ひき

いでつべき人ぞかし。さも思ふにいとおしくくやし

きことのおほかるかな。まいてうちあだけすぎ

たる人の年つもり行まゝにいかにくやしき事

おほからん。人よりはこよなきしづけさとおもひし

だになどの給いでゝかんの気味の御事にもなみだ

すこしはおとし給ひつ。このかずにもあらずお

としめ給ふ山ざとの人こそは。身の程にはやゝ

うちすぎ物の心なとえづべけれど。人よりこと

なるべき物なれば。思ひあがれるさまをも見けち

 

て侍る。いふかひなきはの人はまだ見ず。人はす

ぐれたるはかたき世なりや。ひんがしの院にな

がむる人の心ばへこそふりがたくらうたけれ。さ

はたさらにえあらぬものを。さるかたにつけて

の心ばせ人にとりつゝ。見そめしよりおなじ

やうに世をつゝましげにおもひて過ぬるよ。今

はたかた見にそむべくもあらず。ふかうあはれと

思ひ侍るなど昔いまの御物がたりに夜ふけ

行。月いよ/\すみてしづかにおもしろし女気味

 (紫)氷とぢいしまの見ずはゆきなやみ空すむ

月のかけぞながるゝとをみいだして。すこし

 

 

22

かたふき給へるほど。にる物なくうつくしげ也。

かんざしおもやうの。こひ聞ゆる人の物かげに

ふと覚えてめでたければ。いさゝかわくる御心も

とりかへしつべし。をしのうちなきたるに

 (源)かきつめてむかしこひしき雪も世にあはれ

をそふるをしのうきねか。いり給ひても宮の

御ことを思つゝおほとのごもれるに。夢ともなく

ほのかにみたてまつるを。いみじくうらみ給へる

御けしきにても。もらさじとの給しかど。うき名

のかくれなかりければはづかしうくるしきめ

を見るにつけてもつらくなんとの給ふ。御いらへ

 

聞ゆとおぼすに。おそはるゝ心ちして女君の。こ

はなどかくはとの給ふにおどろきて。いみじく

口おしくむねのをき所なくさはけばをさへ

てなみだもながれ出にけり。今もいみじくぬ

らしそへ給ふ。女君いかなる事にかとおぼすに。

うちもみじろかてふし給へり

 (源)とけてねぬねざめさびしき冬の夜にむす

ほられつる夢のみじかさ中々あかずかなしと

おぼすに。とくおき給ひてわざとはなくて所々

にみず経などせさせ給ふ。くるしきめみせ給ふ

と恨給へるも。さぞおほさるらんかし。おこなひ

 

 

23

をし給ひ。よろづにつみかろげなりし御有さま

ながら。此ひとつ事にてぞ此世のにごりを

すゝい給はざらんと物の心をふかくおぼしたどる

に。いみじくかなしければ。なにわざをしてし

るべなき世界におはすらんを。とふらひ聞えに

まうでゝ。つみにもかはり聞えばやなどつく/\゛

とおぼす。かの御ためにとりたてゝなにわざ

をもし給はんは。人とがめ聞えつべし。うち

にも御心のおにゝおぼす所やあらんとおぼし

つゝむ程に。阿彌陀佛(ほとけ)を心にかけてねんじ

奉り給ふ。おなじはちすにとこそは

 

 (源)なき人をしたふ心にまかせてもかげ見ぬ

水の瀬にやまどはんとおぼすぞうかりける

とや

 

 

 

 


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